『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「お会いできて嬉しいですわ! あたくし、ずっと聖女さまにお会いできることを夢見ておりましたの! どうぞお気軽に“アリス”とお呼びくださいませ!」
「あ、え、えっと、は、晴乃(ハレノ)、と呼んで、ください」
「本当によろしいの!? 嬉しい!」

 駆け寄って、ハレノ様の手を掴み「仲良くしてくださいませっ」とはしゃぐアリス。
 食堂で走ったら埃が舞うでしょう、と注意するが『てへ』と舌を出す。
 もちろん、離れの使用人たちも侯爵家に仕える者たちだ。
 食堂の掃除はきちんとされている。
 それでもアリス自身が持ち込んでいる砂埃はあるだろう。
 淑女があんなに大股開いて走るものではない。
 頰に手を当てて溜息を吐いてしまう。
 困った子。

「あたくしもハレノさまとお友達になりたいわ。お家に帰ってきたら、またハレノさまに会いにきてもいいかしら?」
「え、あ、えっと……」
「今日は出かけませんから、ハレノ様がよろしければアリスが帰ってきたあとお話し相手になってくださいませ」

 あわあわとこちらとアリスを交互に見て、突然耳を赤くして俯くと、コクリ、と頷く。
 あらーーーーーーーーーーー。

「わあ! 嬉しい! お土産買って帰りますわね!」
「それではアリスとユシスは朝食を食べてしまいなさいな。ハレノ様は、どうされますか? 二人の食事につきあってくださってもいいですが、お部屋に戻ってゆっくりされてもよろしいですよ」
「えっと……じゃ、じゃあ……部屋に、戻っても、いいですか?」
「もちろんですわ。ゆっくりお腹をお休めください」

 アリスが手を振ってハレノ様を見送る。
 しかし、すぐにわたくしの方を見て「ハレノさまが着ていらっしゃった服、お姉さまがプロデュースしているアリュードルネ被服店のものですわよね?」と食いついてきた。
 さすが、一目見て見抜くなんて。

「よくわかったわね」
「お姉さまのデザインは覚えておりますもの! 色合いが淡く、上品! かつ、安価な布地がレースやフリル部分に使われていて価格も抑えられている。学生にも手が出しやすく、なによりもおとなっぽい! あたくしももう一着ほしいですー!」
「お小遣いを貯めておいでなさいね」
「うん!」

 まあ、せっかく自分がデザインの一部を手伝ったりプロデュースをさせてもらっているお店だもの。
 “聖女様”が立ち寄ったとなれば、少しは宣伝になる。
 元々は生徒の何人かが『お金がなくてお茶会のドレスが用意できない』という相談から始まった被服のデザインと、支援。
 ある程度見栄えはよくして、しかし生地の一部に安価な生地を混ぜることで価格を抑え、なおかつお茶会に着ていけるぐらいの上品さを備えたデザインを提供したり、親御さんに紹介して購入の説得をしたりした。
『お金がなくてお茶会のドレスが用意できない』と嘆くのは、だいたいが子爵家や男爵家、騎士家の次女、三女四女あたり。
 そういう令嬢たちは、結構多い。
 そこで目をつけたのが市民街に近い場所にある、やや人気が低迷していた被服店アリュードルネ。
 わたくしが声をかけてデザインを提供。
 在庫で残っていた高価な生地に、当時お店が仕入れられる価格の安価な生地を混ぜて仕立ててもらった結果今の状態まで経営が回復した。
 今では売り上げの一部をデザイン料として、わたくしに還元してくれるまでになっている。
 やはり教養って大切だと思うのよ。
 子爵家以下の子女を集めて勉強会を開いたのは、間違いではなかった。
 お金がなくて家庭教師を頼めない子たちの教育もしてあげたい、と始めたことだったけれど、案の定というか……貴族としてありえないほどにお金のない貴族が多い。
 それはだいたい、教育を軽視して稼げなくなっている。
 それは貴族が治める領地全体にも影響を及ぼす。
 貴族が勉強をせずに統治などするから、国力が下がるのよ。
 お金がないから教育を施さないのは、より貧乏になって稼げなくなるともっと周知させたいものだわ。

「さてと。二人とも勉学によく励んでくるのですよ」
「「はーい」」

 二人の食事が終わってから、登校を見送ってハレノ様の部屋に向かう。
 ノックして、早速文字の読み書きの勉強を始める。

「まずはこちらを使いましょうか」
「紙……?」
「はい。使うどうかはわかりませんが、使う場合は使ってください」
「は、はえ?」

 まあ、こんな言い方をされたらわからないわよね。
 でももしかしたら使うかもしれないし、使わないかもしれない。

「まず、ハレノ様に質問です。『ペン』と聞いて、文字・絵・文字を書くペン……と、どれを最初に思い浮かべましたか? 必要ならこの紙を使って表してください」
「へ? あ……え、えーと……文字……で、ペン、かな……?」
「ふむふむ」

 紙に万年筆で――ハレノ様の世界の文字で『ペン』と書かれているらしい。
 そうか、ハレノ様は文字のタイプなのね。

「ではこちらを」
「えっと、これは絵本、ですか?」
「はい。それから石板とチョークですね。絵本は読み書きの基本がたくさん詰まっていますから。ハレノ様の世界がどんな言語、文法をしているのかを教えていただけると教えやすいですわね」
「えっと、あの、今書いたの、なんの意味が……?」

 ああ、ペンと書かせた件ね。
 確かに説明しておいた方がいいかも。

「簡単なテストですわ。文字で『ペン』と書いたら文字での学習が向いている。絵で『ペン』を描いたら絵での学習が向いている。『ペン』が動いて文字を書いているところを想像したら、実際に動いて体で覚えるのが向いている――という」
「へ、へえ」