月が青く染まる夜に

真奈美さんの声を聞きつけたのか、いつからいたのか。
笹原さんがにこにこ笑顔で私たちの後ろにいた。

「いないですよ!真奈美さんの妄想です!」

即座に否定するも、真奈美さんはイケメンの登場に浮かれて、サッと私との間に一人分の空間を空ける。


笹原さんはビールのジョッキを片手に私たちの間に座ると、悩ましげに端正な顔をしかめた。

「彼女の猫がさ、どうしても俺に懐いてくれないわけ。だから遊びに行っても、猫に追い出されるんだよ」

「笹原くんカノジョいたの!?」

別の衝撃を受ける真奈美さんをよそに、私は“猫”というワードに胸が弾む。

「えー!猫さん。いいじゃないですか。笹原さんは、ちゃんとその猫さんに話しかけてますか?」

「話しかける?」

「そうです。きっと猫さんも緊張しているはずなので。目と目を合わせて、正面から。そして、名前を呼んであげるんです。できることなら、撫でながら」

私の説明に、へー!と感心している笹原さんの隣で、真奈美さんが急に手を挙げた。それも、どこか違う方向を見ながら。

「とっきー!カモーン!」

“とっきー”とは?


誰も名乗りを上げない中、はるか遠くに座る迅和くんが目を伏せたままビールを飲んでいる姿が見えた。
自分が“とっきー”と呼ばれていることなど、知る由もなく。

瞬時に先輩の言いたいことを察して、私は全力で「ちょっと!」と真奈美さんに襲いかかる…というと語弊がありそうだけど、その勢いで止めにかかる。

だがしかし。
残念なことに加勢された。

笹原さんまでもが、彼を呼んだのだ。

「とっきー!こっちこっち!猫の話しよーぜ!」