月が青く染まる夜に

先に食べ終えた迅和くんが、「ごちそうさまでした」と席を立つ。
もう視線は私に向いていなかった。

あっさりとした退席に、うなずく。
まあ、彼ならこういう感じなのは想定内。

「お疲れ様」

私もなるべくあっさり聞こえるように返した。


時計を見て、午後の仕事の配分を考えながら残り半分ほどのカレーをちょっとペースを早めて口へ運ぶ。
定時に上がれるかどうか、微妙なところである。

迅和くんが斜め向かいからいなくなっただけで、変に寂しくなる。
彼が放つひとつひとつの言葉が、口数が少ないだけに貴重だと思ってしまう。


『誰かと食べるご飯って、美味しいんですよね』

その響きを思い返しては、水を飲む。
コップが空になりかける。


ふと、テーブルの隅に置かれた紙コップに気づく。
こんなのあったっけ?

湯気がたっていて、今置かれたみたいな。
白い紙コップにはコーヒーが入っていた。


急いで立ち上がって辺りを見渡す。
彼の姿を、探す。いない。もう?
もう立ち去ったの?人混みにとけた?
淹れたてみたいなこのコーヒーは、帰りがけに置いていった?


食堂の壁に置いてある、無料で飲める簡易コーヒー。
背後でそのコーヒーメーカーが動く音がひきりなしにする。
食後のコーヒーは、サービスだ。


ずいぶんとまあ、ずるいことをする人だ。

ストンと椅子に座り直して、コーヒーを飲む。
砂糖なしのミルク入り。完全に彼の好みだな。
私のコーヒーのカスタムなど知らないだろうから。

すぐにマスクをつけた。


私の顔は、きっと今、緩んでるかも。
自分でもどうしようもないくらい。


視界に映る緑の誘導灯が、揺れて見えた。