月が青く染まる夜に

ここで私は今朝の自分を思い返す。

あれ?
起きて顔を洗って、スキンケアして、そのあといつもならメイクの流れなのだが、飼い猫が足元でしつこく鳴くものだから、「しょうがないなぁ」ってしばらく遊んで…。

ニュース番組から時刻を伝えるアナウンサーの声が聞こえて、早く出社しなくてはいけないことを思い出し…。


みるみる思い出して、近くにあったクリアファイルで顔を覆う。

「朝ごはん食べてるうちに…メイクするの忘れて出てきちゃった…」

「うそっ!ノーメイク!?」

とんでもない大声を発した先輩を、それ以上の大声で「そんな声出さないでくださいよ!」と止める。

もはや、我々の声は事務所内に響き渡っていた。


そろりと見回すと、面白そうに笑う人たちもいれば心配そうに視線を流す人たち、紛れて困惑した顔でこちらを見る迅和くん。


私はクリアファイルで顔を覆ったまま、デスクの引き出しを乱雑に開けて、手探りでがさごそ“あるもの”を探す。
こういう時に限って見当たらない。

「真奈美さんっ!引き出しのどこかに!マスクがあるはずなんで!」

真奈美さんから返事はない。
笑い転げて床に手までついている。
ひどい!

「紗菜ちゃん…クリアファイルだから全部見えてる」

途切れ途切れに笑い声のままではあるが真っ当な教えを受けて、いっそ帰りたくなった。

やっと手にしたマスクケースから、白い不織布マスクを抜き取り、顔に装着。
哀れみの目で私を眺める真奈美さんが、いいことを思いついたとばかりに人差し指を立てる。

「今からでも、下のコンビニでメイク用品買ってきたら?」

「眉ペンだけでも買ってきます…」

朝から疲れた。

あんなに清々しくここへやってきた少し前の自分が恥ずかしい。
すっぴんで「おはようございます」と言った自分を、今すぐ回収したかった。

当然のことながら、私の後ろにあるコピー機の向こう側、迅和くんがいる道路交通設備課なんて、絶対に振り向けなかった。


早く、今日が終わればいいのに。