月が青く染まる夜に

変電所の夕方は、街のどこよりも静かで、どこよりも生きている音がする。
鉄の壁の向こうで低く唸る機器の振動が、足の裏から身体にじんわり伝わってくる。
金属と油と、まだ残る日中の熱が混ざった匂い。

私は少しだけ距離をとって立っていたけれど、視線はどうしても迅和くんの背中に吸い寄せられていた。
距離をとったのは仕事のためか、心のためか、自分でも分からなかった。

作業着の肩は思っていたより広く、腕を伸ばすたびに布が張る。
オフィスで見ていた“静かな人”とは別の、輪郭のはっきりした背中だった。


やがて最後のチェックが終わり、無線のランプが静かに消える。
彼はヘルメットの留め具を外し、ゆっくりと頭から外した。

その瞬間――前髪を指でかき上げる代わりに、軽く首を振る。
小さな風が起きるみたいに髪が揺れて、長めの毛先が夕陽を拾って一瞬だけ金色に透けた。
額には細い汗が光り、息をひとつ吐いた肩がわずかに落ちる。

吐いた口元から、白い息。寒さも増している。

緊張がほどけた、そのほんの一拍がやけに近い。
夕焼けが鉄塔の影を長く伸ばし、変電所の音だけが残っていた。


「僕は信号機不足です…」

気が抜けたようにため息まじりぽつりとつぶやいた迅和くんの言葉に吹き出し、無意識に彼の肩を叩いてしまった。

その薄暗い空には、まだ見え始めたばかりの三日月が浮かんでいた。