月が青く染まる夜に


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その日は、残業が少しだけ長引いた。

受変電設備の更新見積りをまとめ終えた頃、時計は二十一時を回っていた。

事務所には、各部署にちらちらと残業している社員がいたが、もうだいぶまばらだ。
ぐっと伸びをしていると、同じくまだ残っていた迅和くんがリュックを肩にかけて私のデスクまでやって来た。

じゃらり、と信号機のキーホルダーの金属音が聞こえた。

「お腹、すいてない?」

彼は帰り支度を終えているらしい。
私もちょうどノートパソコンを閉じたところだった。

一瞬だけ間を置く。

「…すいてる」

それだけで、すぐに決まった。




駅前の焼き鳥屋は、平日なのに賑わっていた。
お店に入ると、炭の匂いと醤油の焦げた香りが混ざる。

カウンター席に並んで座った。
向かい合わないのが、ちょうどいい。

注文を済ませると、すぐにお通しの塩キャベツとビールが届く。

「お疲れ様」

グラスが触れる。乾杯の音は小さい。
最初の一口で、疲れが泡と一緒に弾けてゆく。

「はぁ。美味しい」

お酒が大好きってわけでもないが、疲れた時には染み渡る。

隣で静かに飲んでいる彼を見やる。
迅和くんが酔っ払っているところはまったく見たことがない。
たぶん、そこそこ強いんだと思う。

すると、彼が真面目な顔でぼそりとつぶやいた。

「すごく聞きづらいこと聞いていい?」

「え、うん、なに?」

「僕のこと、避けてる?」

意外な質問。

「なんで?避けてないよ」

「そっか。じゃあ僕の勘違い」

まだ納得がいっていないのか、悩んでるような、腑に落ちていないような、微妙な色が浮かんでいる。
“なんで?”って聞いたのに、“そっか”で終わる不思議。