月が青く染まる夜に

玄関でスリッパから共有サンダルに履き替え、自動ドアを抜けると、夜の翠渓の景色。
ガラス越しに見るより闇ではなく、ちゃんと背景だった。

空気は当たり前に冷たい。ふわりと白い息が舞う。
さっきまで暖かかったはずの身体の熱が、少しずつ奪われていく。

今こうして歩いている私と迅和くんの間にあるほんのわずかな空間が、真奈美さんの言う“もどかしい”なのだろう。


石畳の道を少し進んでいくと向こう側に湯気が立ち上っているのが見えてきた。開けた場所に出る。
足湯は庭の奥にあった。

足湯の一番奥は、灯りが届ききらない。
石畳の縁に、小さな行灯がひとつ。
その橙色が、湯気をゆっくり撫でている。


迅和くんが迷わず一番奥を選んだので、私もそれに連なって二人並んで腰を下ろした。

こんなに広い足湯の広場が設けられているのに、無人だった。
ここは、ちょっと声を潜めたくなる場所。
秘密基地のような。


浴衣の裾を少し持ち上げて、そっと足を入れる。

「……あっつ」

足だけ冷えていただけに、すぐに出てしまった感想がそれで、自分でも情けなくなった。

「けっこう温度高めですね」

彼は私よりあとに温泉に行っていたからか、平気な顔で足湯に足を入れていた。

じわ、と熱が足首を包む。


しばらく────無言。


遠くで水の流れる音。
風が木の葉を揺らす。