月が青く染まる夜に

すると遠くから、パタパタという軽快なスリッパの足音。
振り向くと、真奈美さんだった。

私たちに気づくと、バスタオルを肩にかけたまま、にやりとする。

「あれ、立ち話?」

「いえ、僕は今から入るところで」

迅和くんが淡々と答える。

そんな彼を不満げに上から下まで眺めた真奈美さんは恭しく私へと視線を移す。

「紗菜ちゃん、ロビーでアイス売ってたよ」

あぁ、なんて分かりやすいフリなんだろう。
さっきの大浴場での会話の続きをしているみたいだ。

「…そうなんですね」と返すのが精一杯だった。

「湯上がりは甘いのが一番。誰か付き合ってくれるといいね」

それだけ言って、彼女はさっさと去っていく。
軽快なスリッパのパタパタを鳴らしながら。


再び訪れる、静かな廊下。

迅和くんが、少しだけ困った顔で言う。

「もしよかったら、ロビーで待っててもらえますか。僕、急いでお風呂済ませてきます」

私は手元のかごバッグを抱えるようにして、片手で帯を握り直した。

「…分かった」

彼はうなずいて、私たちとは反対方向の男湯の方へと消えていった。
廊下の向こうに、湯気が揺れている。


私は家族連れがお土産に悩む売店コーナーを通りすぎ、無人の薄暗いロビーのソファーに腰を下ろす。

遠くで大人数の笑い声も聞こえた。
静寂と喧騒が混ざる空間で、ふぅ、とひと呼吸ついた。