月が青く染まる夜に

念入りにスキンケアをしたいからという真奈美さんを脱衣所に残し、先に部屋に戻ります、と声をかけて廊下へ出た。
一気にひんやりとした冷気に包まれたけれど、まだ温泉であたたまった身体の方が勝っている。


廊下の角を曲がるとちょうど迅和くんと鉢合わせした。

私も彼も、一瞬止まる。

「あ…」

「お疲れ様です」

昼間よりも、ずっと素の声。
彼はこれから温泉に入るらしい。

湯上がりのせいなのか、彼のせいなのか、自分の頬が少し熱くなるが分かった。


────沈黙。

昼間はあんなに言葉が出たのに。

「懇親会、全然話せなかったね」

なにか言わなくちゃ、という思いが過ぎり、そんな言葉しか出てこなかった。

迅和くんは少し驚いたような顔をして、それから小さく笑う。

「ですね。席も遠かったですし。タイミング、逃しました」

その言い方が、どこかやわらかい。
お酒はどちらも回っていないらしい。

「今日はさすがに疲れました。二次会はパスです。こういう静かなところには、当たり前ですけど信号機もないですし」

まるで信号機がないなら意味がない、くらいの言い方。
彼らしくて笑ってしまった。

「早く帰りたいんじゃない?」

「青と黄色と赤は恋しいです」

真顔で答えるものだから、面白すぎて肩が震えてしまった。