「ぽろんぽろん。」
校内にピアノの音が響き渡る。
俺はこの音に救われた。
「あの、これ落としましたよ。」
「あ、ありが……ごめんなさい!」
目の前の女子はそう言うと、ハンカチを受け取らずに逃げ出した。
いつもこうだ。
ガタイが良く、地毛が白色、それに加えて強面の俺は、男女問わずみんなから怖がられている。
本当は仲良くしたい。そんなことを思っていても、言葉にできなかった。
口にするだけ無駄だから。
学校に行くのが苦痛だった。
いるだけでみんなを怖がらせてしまうから。
「力也くん、今日も人気者ね。」
猫カフェ「キャンドル」のオーナーである近藤剛士さん、通称たけちゃんが、にこやかに言う。
「俺を好いてくれるのなんて、この子達だけですよ。」
自虐を含んだセリフを吐く。
「あら~、私も好きよ~。」
気を使ってくれているのか、たけちゃんはそう言うが、実際、俺のことを怖がらずにいてくれるのなんて、猫たちと、俺の家族、たけちゃんだけだった。
三毛猫のミケをやさしく撫でると、もっと撫でてほしいのか、にゃーんと顔をすり寄せてくる。
顔が緩む。ずっとこの顔を保っていられたら、みんなと普通に話せていたかもしれない。ずっとこの顔を保っていられたら、友達がいたかもしれない。
悲しくなってもしょうがない、今はこの空間を十分楽しもう。キャンドルで過ごす時間は週一回の癒しの時間だった。
あっという間に月日は流れ、俺は二年生になった。
相変わらず、友達はいない。
ぽろんぽろん。
日課である花壇の手入れをしていると、どこからともなくピアノの音が聴こえてきた。
まっすぐな音色。かっこいい。胸が高鳴った。
「たけちゃん、ピアノって弾いたことある?」
「ピアノ? ないけどどうして?」
俺は、たけちゃんに、昨日聴いたピアノのことを伝えた。今、思い出してもドキドキして、体温が上がるような感じがした。
「あら~、素敵ね。そのピアノって誰が弾いてるの?」
わからない。誰が弾いているのだろうか。想像できなかった。
ピアノはまた聴けるのだろうか。聴きたい。久しぶりに学校に行くのが楽しみになった。
休み明け、放課後。
ぽろんぽろん。
ピアノの音がした。嬉しさで笑みがこぼれる。
やっぱりかっこいい。
ピアノのリズムに合わせ、軽やかな足取りで廊下を歩く。
普段の歩き方に効果音を付けるとしたら、「ズゥンズゥン」だが、今の歩き方は「トットッ」だった。
次の日も、その次の日もピアノの音は聴こえてきた。
誰が演奏しているのか、日を増すごとに知りたい、という気持ちが強くなっていた。
ある日の放課後、意を決して音楽室をのぞくとそこにはロングヘアをなびかせた華奢な女子がいた。
こんな小さな子がこんなかっこいい演奏を……とぼーっと見ていると、目が合ってしまった。
やばい、怖がられる。
そう思っていると、
「あなたも弾きますか?」
予想外の返事が返ってきた。
「へっ」
おかしな返事しかできなかった俺に向けて、彼女は手招きした。
素直に音楽室に足を踏み入れる。
目の前に来た俺に対して女子はただ一言、
「大きいですね。」
と言って笑った。
「あ、あの、あなたの演奏めっちゃかっこよくて、あなたのおかげで学校にくるのが楽しくなって、あの、名前なんすか?」
普通、こういうときは自分から名乗るのが礼儀だろうに、同年代との会話に慣れていないせいで突然、名前を聞いてしまった。
「花咲奏音です! 一年生です!」
けれども彼女は、ピアノの音と同じようなまっすぐな声で答える。一年生か。入学したばかりなのにすごいなと思う。
「俺は武藤力也です。二年っす。」
彼女は、「先輩と初めて話した~!」と目を輝かせている。
「俺が怖くないんすか?」
しまった、思わず聞いてしまった。こんな質問したら彼女を困らせてしまうかもしれない。
「先輩が怖い? 怖くないですよ! 大きい犬みたいです!」
見当はずれな答えに思わず笑ってしまう。
「笑うともっと犬みたいですね。」
彼女はそう言って、ほほえみながらスマホの画面を見せてくる。画面にはかわいいサモエドがいた。俺には似てないだろ。でも嘘ではないらしかった。
「あ、あのー。ピアノ一回も触ったことないんですけど、俺でも弾けますかね。」
「ピアノはお友達ですよ。弾いてみましょ!」
お友達か。何だか嬉しくなった。
椅子に腰かけ、優しく鍵盤に指を置く。
ぽろん。
音が鳴る。当たり前のことだが嬉しくてトンッと胸が鳴った。
白い鍵盤を左から順に押していくと音階が奏でられる。
息が上がるような感じがした。
でも何か違う。自分で演奏しているときよりも、彼女のピアノを聴いているときのほうが胸の高鳴りが強いような気がする。
「すごく楽しかったです。あざす。でも俺やっぱ、花咲さんの演奏聴いてる方がもっと好きだ。」
彼女が一瞬止まったように感じたが、すぐに笑顔になり、「ありがとうございます!」と元気な返事が返ってくる。
「せっかくだし何かリクエストありますか?」
「最初の日、ピアノの音が初めて聴こえてきた日の曲いいですか? すみません、音楽、詳しくなくて曲名とかはわかんないすけど。」
「トルコ行進曲ですね、お目が高い! モーツァルトさんの曲です!」
彼女は嬉しそうに椅子に座る。
たらりらら、たらりらら、たらららららららたりらりら。
軽やかににリズムを奏でる。ただただかっこよくて身震いした。
今日もピアノの音が聴こえてくる。
自然と笑顔になり、背筋もピンと伸びる。
「あのー、武藤くん、僕も手伝うよ」
花壇の手入れをしていると、突然、誰かに話しかけられる。振り向くと、ボブ頭の男子がいた。確か、名前は静谷あおい。
「あ、ありがとう。」
「このピアノの音いいよね。」
そう笑いかけてくれた彼に、俺も笑顔を向ける。
自然な笑顔を。
校内にピアノの音が響き渡る。
俺はこの音に救われた。
「あの、これ落としましたよ。」
「あ、ありが……ごめんなさい!」
目の前の女子はそう言うと、ハンカチを受け取らずに逃げ出した。
いつもこうだ。
ガタイが良く、地毛が白色、それに加えて強面の俺は、男女問わずみんなから怖がられている。
本当は仲良くしたい。そんなことを思っていても、言葉にできなかった。
口にするだけ無駄だから。
学校に行くのが苦痛だった。
いるだけでみんなを怖がらせてしまうから。
「力也くん、今日も人気者ね。」
猫カフェ「キャンドル」のオーナーである近藤剛士さん、通称たけちゃんが、にこやかに言う。
「俺を好いてくれるのなんて、この子達だけですよ。」
自虐を含んだセリフを吐く。
「あら~、私も好きよ~。」
気を使ってくれているのか、たけちゃんはそう言うが、実際、俺のことを怖がらずにいてくれるのなんて、猫たちと、俺の家族、たけちゃんだけだった。
三毛猫のミケをやさしく撫でると、もっと撫でてほしいのか、にゃーんと顔をすり寄せてくる。
顔が緩む。ずっとこの顔を保っていられたら、みんなと普通に話せていたかもしれない。ずっとこの顔を保っていられたら、友達がいたかもしれない。
悲しくなってもしょうがない、今はこの空間を十分楽しもう。キャンドルで過ごす時間は週一回の癒しの時間だった。
あっという間に月日は流れ、俺は二年生になった。
相変わらず、友達はいない。
ぽろんぽろん。
日課である花壇の手入れをしていると、どこからともなくピアノの音が聴こえてきた。
まっすぐな音色。かっこいい。胸が高鳴った。
「たけちゃん、ピアノって弾いたことある?」
「ピアノ? ないけどどうして?」
俺は、たけちゃんに、昨日聴いたピアノのことを伝えた。今、思い出してもドキドキして、体温が上がるような感じがした。
「あら~、素敵ね。そのピアノって誰が弾いてるの?」
わからない。誰が弾いているのだろうか。想像できなかった。
ピアノはまた聴けるのだろうか。聴きたい。久しぶりに学校に行くのが楽しみになった。
休み明け、放課後。
ぽろんぽろん。
ピアノの音がした。嬉しさで笑みがこぼれる。
やっぱりかっこいい。
ピアノのリズムに合わせ、軽やかな足取りで廊下を歩く。
普段の歩き方に効果音を付けるとしたら、「ズゥンズゥン」だが、今の歩き方は「トットッ」だった。
次の日も、その次の日もピアノの音は聴こえてきた。
誰が演奏しているのか、日を増すごとに知りたい、という気持ちが強くなっていた。
ある日の放課後、意を決して音楽室をのぞくとそこにはロングヘアをなびかせた華奢な女子がいた。
こんな小さな子がこんなかっこいい演奏を……とぼーっと見ていると、目が合ってしまった。
やばい、怖がられる。
そう思っていると、
「あなたも弾きますか?」
予想外の返事が返ってきた。
「へっ」
おかしな返事しかできなかった俺に向けて、彼女は手招きした。
素直に音楽室に足を踏み入れる。
目の前に来た俺に対して女子はただ一言、
「大きいですね。」
と言って笑った。
「あ、あの、あなたの演奏めっちゃかっこよくて、あなたのおかげで学校にくるのが楽しくなって、あの、名前なんすか?」
普通、こういうときは自分から名乗るのが礼儀だろうに、同年代との会話に慣れていないせいで突然、名前を聞いてしまった。
「花咲奏音です! 一年生です!」
けれども彼女は、ピアノの音と同じようなまっすぐな声で答える。一年生か。入学したばかりなのにすごいなと思う。
「俺は武藤力也です。二年っす。」
彼女は、「先輩と初めて話した~!」と目を輝かせている。
「俺が怖くないんすか?」
しまった、思わず聞いてしまった。こんな質問したら彼女を困らせてしまうかもしれない。
「先輩が怖い? 怖くないですよ! 大きい犬みたいです!」
見当はずれな答えに思わず笑ってしまう。
「笑うともっと犬みたいですね。」
彼女はそう言って、ほほえみながらスマホの画面を見せてくる。画面にはかわいいサモエドがいた。俺には似てないだろ。でも嘘ではないらしかった。
「あ、あのー。ピアノ一回も触ったことないんですけど、俺でも弾けますかね。」
「ピアノはお友達ですよ。弾いてみましょ!」
お友達か。何だか嬉しくなった。
椅子に腰かけ、優しく鍵盤に指を置く。
ぽろん。
音が鳴る。当たり前のことだが嬉しくてトンッと胸が鳴った。
白い鍵盤を左から順に押していくと音階が奏でられる。
息が上がるような感じがした。
でも何か違う。自分で演奏しているときよりも、彼女のピアノを聴いているときのほうが胸の高鳴りが強いような気がする。
「すごく楽しかったです。あざす。でも俺やっぱ、花咲さんの演奏聴いてる方がもっと好きだ。」
彼女が一瞬止まったように感じたが、すぐに笑顔になり、「ありがとうございます!」と元気な返事が返ってくる。
「せっかくだし何かリクエストありますか?」
「最初の日、ピアノの音が初めて聴こえてきた日の曲いいですか? すみません、音楽、詳しくなくて曲名とかはわかんないすけど。」
「トルコ行進曲ですね、お目が高い! モーツァルトさんの曲です!」
彼女は嬉しそうに椅子に座る。
たらりらら、たらりらら、たらららららららたりらりら。
軽やかににリズムを奏でる。ただただかっこよくて身震いした。
今日もピアノの音が聴こえてくる。
自然と笑顔になり、背筋もピンと伸びる。
「あのー、武藤くん、僕も手伝うよ」
花壇の手入れをしていると、突然、誰かに話しかけられる。振り向くと、ボブ頭の男子がいた。確か、名前は静谷あおい。
「あ、ありがとう。」
「このピアノの音いいよね。」
そう笑いかけてくれた彼に、俺も笑顔を向ける。
自然な笑顔を。



