#兎仁くんはトニカクかわいい。


「ねーえ、萌那?」
「何、そんなに焦って」
「……んー、なんでもない…」


 朝イチで私の席に駆け寄ってきた兎仁くんに、私は冷たい口調で返す。

 彼は満面の笑みを一瞬で曇らせ、自分の席に大人しく戻っていく。


 しょぼん、と明らかに落ち込んだ背中。


 
 いや、分かってるんだよ。



 今日は2月14日。そう、あれだ。バレンタインだ。


 女子が好きな男子に、チョコレートをあげる日。

 誰だ、こんなイベント考えた奴は。
 
 
 そりゃあさ!? 好きな人にはさ、手作り大本命チョコくらいあげたいじゃない。


 ごってごてにハートやらピンクやらで可愛くしたチョコ。



 特に、存在自体が可愛い兎仁くん──私の彼氏なんかは、大喜びすると思うんですよ。


 だけど、一週間かけても駄目だった。

 私が触っただけで、あのカカオ豆どもは爆散していきやがった。



 ……どういう原理なの??


「もーえーな!」 
「朝からうるさいよ、兎仁くん…」 

「嘘だ。萌那は僕に名前呼ばれるの好きだもん」 
 

 ということで、今、彼氏持ちのくせに私はチョコを持ち合わせていない。

 終わった。完全に終わった。

 
 兎仁くんは、自分が私に好かれていることをよくお分かりなので、この状況がバレたら…。

 
 いやぁ……まずいよな。だって私が100%悪いもんな。
 

「萌那。今日って何の日か知ってる…?」
「ふんどしの日、かな」

「えー? ねぇ、ほんとーに知らない……?」  


 今朝、電車の中で大慌てで調べたんだけど、本当に2月14日はふんどしの日らしい。


 …じゃなくて。

 

 やばい、兎仁くんの瞳にどんどん涙が溜まっていく。


 すごく可愛いけど、なんか申し訳なくなってきたし、このまま放置しておく訳にはいかない。


「い、いや? ごめんね、ちょっとふざけただけだから」 
「それなら、僕にチョコちょーだいよ」

「えーーーーっと、それは、」


 何て言えばいいのだろう。
 
 手作りしようとしたけど、全部失敗しました?


 私が不器用すぎました?


 ………駄目だ、言えない。どの言葉を選んでも、兎仁くんを傷つけてしまう。


「萌那は僕の彼女でしょ?」
「そうだよ」

「僕のこと、嫌いになったの…?」 
「まさか! そんな訳ないじゃん!」 
「ほんとーに?」 


 ああ、こうなることは分かりきっていたのに。

 市販のチョコでいいから、買っておけば良かった。


 こんな疑いの目を向けられることもなかったし、何より兎仁くんの表情を曇らせることもなかったし。
 

 だから、だから、せめて、本当のことを話さなきゃ…。

 
「っじゃあ、どうしてチョコくれないの!??」 
「あの、あのね──」