気がつかないで

朝は早く起きる。
「ふぁ〜…、朝ごはん作ろ」
俺は隣に寝る娘の頭を撫でてから、ベッドから降りた。
洗面所に向かい、顔を洗う。
もう季節も冬に近づき、水も冷たく感じるようになってきた頃。
俺はタオルで濡れた顔を拭いて鏡を見る。
真っ黒な髪はふわっと整っていて、肌は真っ白で日に焼けている部分はない。
男だけどかわいい顔立ち。
それは、俺の第二性に関係がある。
俺の名前は一条(いちじょう)とあ、19歳の男のオメガ。
この世界にはアルファ、ベータ、オメガという3つの男女以外の性別が存在する。
オメガは全体の1割を占め、男女ともに妊娠可能なことから守るべき存在とされている。
特に貴重なのは俺のような男のオメガだ。
特徴は中性的な顔立ちで、大抵が美男美女。
貴重だから都市伝説的存在にもなっていて、出会える確率は少ない。
だから、俺はあんな目に——。
いや、なんでもない。
俺は嫌な考えをはらい、キッチンに向かった。
朝ごはん作りだ。
今日は目玉焼きとサラダとヨーグルト、それからパンにしよう。
ちょうど昨日食パンを買ったんだ。
食パンにバターを塗っていると、突然ズボンを誰かに引っ張られた。
「わっ…!って、なんだ桃乃(ももの)か」
俺の足元には小さい少女がいた。
俺とは似ない夜空のような藍色の髪の毛に、俺と同じ深緑の瞳。
眠そうに目をこすりながら言った。
「ママぁ、ご飯作ってるの?」
「うん、そうだよ。ほら、寝ぼけてないで顔洗っておいで」
「うん…」
そのままのそのそと洗面所に向かっていった。
俺はその様子を見て、クスッと笑う。
桃乃は俺の唯一の娘だ。
ちなみに、今年で5歳になった。
でも、5歳とは思えないほどしっかり者で俺もすごく助かってるんだ。
そうして料理をちょうど作り終えた時、桃乃が楽しそうに走ってきた。
「ママ!お手伝いする!」
「あんまり走るとこけるぞ〜?桃乃はドジだからなぁ」
俺がそう言うと、プクッと頬を膨らませた。
「違うもん!桃乃はドジじゃないもん!それより、お皿貸して!」
俺はクスクスと笑いながら、盛り付けをしたお皿を桃乃に渡した。
お手伝いも進んでやってくれて、とってもいい子なんだ。
ちなみに、桃乃が俺を“ママ”と呼ぶ理由は俺が産んだと知っているから。
幼稚園に通わせているのだが、あることをきっかけに第二性のことについて知ってしまった。
『オメガは周りに迷惑をかける最悪な存在。近づくな』
基本的にオメガについてはそう言われてしまう。
そんなことを考えてボーッとしていると、桃乃に足をつねられた。
「あたた…、ちょっと桃乃!」
「ママが変な顔してたからいけないんだよ〜だ。ほら、ご飯!」
そう言ってテーブルの方に連れて行かれた。
ちょっと強引なとこあるんだよなぁ。
まあ、そんなとこもかわいいけど。
「いただきまーす!」
桃乃が朝ごはんをパクパク食べ始めたのを見て、俺も隣で手を合わせた。
「いただきます」
そうしてしばらくして、真剣な表情で桃乃が俺に聞いた。
「そういえばママ、お仕事見つかった?この前…めんせつ?してきたんでしょ」
俺はその言葉に手をとめて固まった。
でも、すぐ表情を変えて笑顔で桃乃に言った。
「全部ダメだったんだよね。でも大丈夫!昨日の夜、ちょうどママが通ってた中学の校長先生から電話がきてね?特別教諭として紹介するから、高校で働かないかって提案してくれたんだ!」
「えっ!そうなの!?学校の先生になるの!?ママすごい!」
桃乃は目を輝かせた。
「う、うん。といっても、お勉強は教えないよ?」
「でもすごいよ!ママ、お仕事頑張ってね!」
ニコッと笑ってくれた桃乃にキュンとした。
ああ、俺の娘は今日もかわいい。
「ありがとう桃乃。ママ、頑張るね」
そう言って笑った。
全ての始まりは、この日だったんだと思う。