あれからアイスブルク領内に戻ってきて、数日の日々が過ぎていた。
火の魔力を得るこの国の侯爵とは誰なのか、児童書にはそういった詳細は綴られていなかったそうだ。
今のフランツ様は、決して死神などではない。
既に城の従者は皆、その人柄に敬意を持っている。騎士団の訓練にもよく参加され、彼らとも信頼を深めていると聞いた。
訓練中に腕を怪我した騎士に対して、そこに居合わせたフランツ様が小枝とシャツを切り裂いた布で応急の止血処置を施し、その騎士は感動して涙を流す出来事があったという。
ここは今、氷の死神による恐怖支配ではなく、多くの者が自らの意思でフランツ様に忠義を持つようになっている。
フランツ様は、火の魔力を得た侯爵が私を救い出すと言った。
けれどもう、『救い出す必要など無い状況』に事態は変わっている。それなら、フランツ様が元の死神に戻る必要などないはずだ。
胸にそんな希望を抱いた時、モニカが私の部屋に走り込んできた。
「ニーナ様、大変です! 国境周辺の《《隣国の騎士で、火の魔力に目覚めた者が領土を奪う為に、》》軍を率いてこちらの国境に攻めてきたと騎士達が騒いでいます」
フランツ様の話では、火の魔力に目覚めるのは『この国の侯爵』だったはず。
それが隣国の騎士となり、その目的も領土の略奪になっている。物語が、想像もしなかった別の筋書きを綴り、最悪の事態へと変化していた。
私は居ても立ってもいられず、モニカと共にフランツ様の執務室へ向かう。後ろから駆け込んで来た騎士が私達を追い越し、その扉を激しく叩いた。
「申し上げます。敵は既に我が国の国境に到達し、砦から炎が上がっております。どうかフランツ様の氷のお力を!」
「わかった、私も向かおう」
その声だけが扉越しに聞こえた。
部屋から走り出していく騎士に続いて出てきたフランツ様と視線が重なる。
「フランツ様っ!」
差し迫った状況の中で、それでもフランツ様は「少しだけ話そうか」と、私の気持ちを汲んで下さった。

