最初はただ、大好きな本や母から譲り受けたドレスと宝飾品を取り上げられるだけだった。
もちろんそれも思い出を奪われ辛かったけれど、それでも私はまだ、アラベラの前で気丈に振る舞う事ができていたと思う。
けれど何かアラベラにとっての気に入らない出来事がある度に、次第に私への仕打ちがエスカレートしていき、掃除以外で部屋から出る事を禁じられるようになった。
自分の意思ではそこから出る事さえ出来ない不安と恐怖で、徐々に私の心が塞ぎ込んでいく。
そんな私を絶望の淵に追い詰めたのが、食事の際にアラベラが私に課したルールだった。
『手を使ってはいけないと言ったでしょ』
従わなければ、平手打ちにされる。
いったんは、食事をとる事を我慢した。
けれど、数日も経たぬうちに空腹に耐えられなくなり……。私は泣きながら、床に置かれたお皿に口を近づけパンに齧りついた。
『お母様、見て! お義姉様ったら、家畜のようだわ!』
耳に刺さる甲高い笑い声が響く度に、私の中から自尊心が消え、肯定感が消え、一つまた一つと、心から感情が消えていった。
それは、人としての尊厳を砕く仕打ちだった。
「こんな私が……フランツ様の品位を、あなた様の品位を傷つけてしまったらっ」
それが、怖くてたまらない。
「辛い思いをしたな。けれど君の心は、ずっと美しいままだよニーナ。私の品位など、そんな事を気にしていたのか。誰の価値基準なのか分からない品位など、その辺に丸めて捨ててしまえばいい。そんなものよりずっと、私は君が大事だよ」
「フランツ様っ」
その言葉に、涙が溢れて止まらなくなる。
けれどこの涙は、あの部屋で流した絶望の涙ではなく温かい希望の涙だった。
自分の中に、勇気と誇りの光が灯る。
「フランツ様、私……。私は、アイスブルク辺境伯夫人として舞踏会に出席します」
フランツ様の瞳を見つめて微笑む。
大きな両手が頬を優しく包み込んで私の涙を拭い、とびきりの笑顔でうなずいてくれた。

