私は彼女に、ハンカチに刺繍をしてフランツ様に贈りたいと思っている事を相談した。
母が亡くなるまでは家庭教師に貴族女性の教養を学ぶ機会があったので、私でも刺繍には少しだけ自信がある。
モニカからも大賛成してもらい、刺繍の柄は何がいいだろうかと考えた。
そしてある事が頭に浮かんだ私は、モニカに頼んでハンスをこの部屋に呼んでもらった。
「ニーナ様、私にご用件とは?」
「来てくれてありがとうハンス。あなたに、フランツ様の手の甲の紋章の柄を教えて欲しくて」
「紋章の柄、ですか?」
「ええ」
驚くハンスに、モニカが事情を説明してくれる。
「フランツ様への日頃の感謝として、ニーナ様ご自身が刺繍をしたハンカチを贈る予定です。ハンスさんならその柄をよく知っているかと」
「成程、ハンカチに紋章の柄を」
フランツ様の手の甲にある、今は薄く掠れてしまったそれを刺繍で描きたい。
私の考えに納得した様子のハンスが、「それは良い贈り物かと存じます」と頷いてくれた。
ハンスが羊皮紙に書いてくれたものは、六角形の氷の結晶だった。
真っ白なハンカチとフランツ様の瞳と同じ碧色の糸を用意してもらい、私は作業に取り掛かる。
糸にフッと息を吹きかけ、ひと針、ひと針に、願いを込めた。
それはまだ幼かった頃に母から聞いた糸と共に想いを編む『おまじない』だ。
母から子供へ。
あるいは、恋人へ。
作り手から贈り主へ思いを込める、この国に古くから伝わるポピュラーなおまじないだと教わった。
フランツ様の魔力が戻りますように、けれど、フランツ様が以前のような死神には戻りませんように……。
そんな都合のいい願いが叶うのかは分からないけれど、私は時間を忘れてその作業に没頭した。
『ただ、君を救いたかった』
ふと、フランス様の言葉が脳裏を通過して、私は作業の手を止める。
狡猾な義母と義妹は、私への仕打ちをひた隠しにしていた。王都周辺から離れたこの地で、それがフランツ様の耳に入る事などありえない。
それなら、なぜフランス様は、それを知っているのだろう……。
多くを語らないフランツ様の真意は見えない。
それでも、あの屋敷から救い出してくれたフランツ様への大きな感謝を込めて、私はまた刺繍の手を進める。
そして、美しい結晶を形作っていった。
どうか、この結晶がフランツ様を守りますように。
そして、この国の人々を守りますように。
そんな祈りを込めた碧い糸が、私の手の中で《ほのかに煌めいた》ような気がしたのだった。

