だいじさん

「ねえ、だいじさんって知ってる?」

 暗い教室の中、僕は問いかけられた。
 僕は震えながらゆっくりと頷く。
 相手は嬉しそうな声で説明を始めた。

「ものを大事にしない子供からそれを奪って、代わりに大事にしてくれるんだよ。良いことだよね。大事にしないんだから、つまりいらないってことでしょ。ちょうどいいじゃん」

 教壇から、じっと視線を感じる。
 僕は湧き上がる恐怖で椅子から動けない。
 今は真夏で蒸し暑いはずなのに、全身が寒かった。
 やがて視界がぼやけてくる。
 相手はハンカチを持って駆け寄ってきた。

「あーあ、泣かないで。別に怖い話じゃないのに。君は怖がりなんだね」

 ハンカチで優しく目を拭われる。
 そのせいで再び視界がはっきりとしてしまった。
 相手の姿を見た僕は顔をくしゃりと歪める。
 ハンカチを離した相手は、愉快そうに語ってみせる。

「……君が大事にしなかったハンカチ、もらっちゃった。せっかくお母さんに買ってもらったのに、ひどい扱いをするもんじゃないよ」

 相手が離れて教室の扉を開ける。
 そこで振り返って僕に言った。

「それじゃ、バイバイ」

 だいじさんは、僕から奪った口でにんまりと笑った。
 口を失った僕は呻き声すら上げられなかった。