ハルトは、スーパーへ向かう途中で一度立ち止まった。
ポケットに手を入れて、
一瞬だけ、嫌な予感がした。
財布がない。
買い物メモもない。
心臓が、どくんと鳴った。
来た道を少し戻ってみる。
下を見る。
人の足ばかりが行き交って、
落ちているものは、何も見当たらない。
スーパーの前まで来て、
ハルトは動けなくなった。
買い物ができない、というより、
何か大事なものをなくしたという感覚が、胸に広がっていた。
「どうした?」
落ち着いた声だった。
振り向くと、
制服姿の巡査が立っていた。
名札に、
タカナシと書いてある。
「……財布と、メモを落としました」
ハルトは、正直に言った。
タカナシ巡査はうなずいた。
「どんな財布?」
「黒です。中に、紙が……」
「買い物の?」
ハルトがうなずくと、
タカナシ巡査は少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、多分これだな」
タカナシ巡査は、持っていた封筒を開いた。
中から出てきたのは、
見覚えのある黒い財布と、
折りたたまれた買い物メモ。
メモには、
ハルトの字で書かれていた。
・豆腐
・ひき肉
・もやし
・卵
「近くの人が交番に届けてくれた」
「……全部、あります」
「よかったな」
タカナシ巡査は、
特別なことをしたという顔をしなかった。
ただ、
当然の流れとして、そこに立っていた。
「一人で買い物?」
「はい」
「えらいな」
ハルトjは首を振った。
「料理、するので」
「なるほど」
タカナシ巡査は、
メモを一度だけ見てから言った。
「この内容、
ちゃんと考えてるな」
それは、
スーパーの人たちと同じ目線の言葉だった。
タカナシ巡査は、
財布を返して言った。
「気をつけてな」
「……ありがとうございました」
ハルトは、深く頭を下げた。
巡査は軽く手を上げて、
巡回に戻っていった。
スーパーに入ると、
惣菜コーナーのタナカのお兄ちゃんが気づいた。
「お、ハルトくん。遅かったな」
「ちょっと……落とし物」
「マジで? 戻ってきた?」
「はい」
「それは良かった」
鮮魚のタグチさんも、
遠くからうなずいた。
「運、いいな」
ウエハラさんが、
メモを見て言った。
「今日は、基本だね」
「はい」
「基本が一番、強い」
ウエハラさんはそう言って、
会計を済ませた。
ユウイチは、
買い物袋を見て言った。
「全部あるな」
「うん。途中で、なくしたけど」
「え?」
「戻ってきた」
それ以上、説明はいらなかった。
ユウイチは、
おにぎりの塩を、
ほんの少しだけ丁寧に振った。
ハルトは思った。
――落としても、
拾ってくれる人がいる。
――困っても、
ちゃんと見ている人がいる。
この町は、
一緒に生きる場所なんだと


