ハルトのレシピ。



タナカのお兄ちゃんは、二十代前半。
惣菜部門で、揚げ物担当。

声が大きくて、動きが雑で、
でも誰よりも長く売り場に立っている人だった。

ある日の夕方、
惣菜コーナーの奥で、油の音がいつもより荒れていた。

「……あれ?」

ハルトは立ち止まった。

コロッケの衣が、いつもより濃い色をしている。
表面だけが先に焦げて、中が火を通す前の色。

タナカのお兄ちゃんが、眉をひそめていた。

「油、今日なんか変なんだよな……」

ハルトは少し迷ってから、言った。

「……温度、上がりすぎてるかも」

タナカは振り返った。

「え?」

「レンジでも、最初に強すぎると、外だけ固くなります」

沈黙。

タナカは一度、温度計を見て、
深く息をついて、油の火力を下げた。

数分後、
コロッケは、いつもの色に戻った。

「……助かった」

タナカはそう言って、
揚げたてを一つ、紙に包んだ。

「これ、試食」

ハルトは首を振った。

「家で食べます」

タナカは笑った。

「そっか。
じゃあ、“料理仲間”な」

タグチさんは五十代。
寡黙で、魚の話しかしない人だった。

ある日、ハルトは鮮魚コーナーで立ち尽くしていた。

サバ。
安いけれど、臭みが出やすい。

火を使わない料理では、扱いが難しい。

「……どうする?」

タグチさんの声だった。

ハルトは正直に言った。

「レンジだと、くさくなります」

タグチさんは少し考えてから、
一匹のサバを手に取った。

「下処理で、ほぼ決まる」

そう言って、
酢と塩の量、ラップの仕方、
レンジに入れる前の待ち時間を教えた。

ハルトは真剣に聞いた。

数日後。

ハルトスーパーに戻ってきた。

「……できました」

タグチさんに、スマホの写真を見せる。
レンジで作った、サバの南蛮漬け。

タグチさんは、
一瞬だけ目を細めた。

「……やるじゃねぇか」

それは、最大級の褒め言葉だった。

その日から、少しずつ変わった。

惣菜の味が安定し、
鮮魚のおすすめに「レンジ向き」が増えた。

ジンは、聞かれたら答える。
聞かれなければ、何も言わない。

それでも、
スーパーの空気が、少し柔らかくなった。


その日の帰り、レジに立っていたのはウエハラさんだった。

「今日は、遅かったね」

「はい」

「忙しかった?」

ハルトは少し考えてから言った。

「……ちょっと、仕事しました」

ウエハラさんは、
レシートを渡しながら、静かに笑った。

「じゃあ今日は、
“お給料”もらった?」

ハルトはうなずいた。

「コロッケです」

「それは良い日だ」



家で、ユウイチが言った。

「今日の夕飯、なんか自信あるな」

「うん」

ハルトは、少しだけ胸を張った。

――自分は、
ここにいていい。

誰かの役に立てる場所が、
ちゃんとある