ハルトのレシピ。

ハルトが料理を覚え始めたのは、母親が忙しくなってからだった。

離婚後、母は一人で働きながらジンを育てていた。
帰りは遅く、夕飯はスーパーの惣菜や冷凍食品が多かった。

ある日、母が熱を出して倒れた。

「ごはん、どうしようか」

そう言って笑った母の声が、少し震えていた。

ハルトは冷蔵庫を開けた。
卵と牛乳、残り物のごはん。
火を使うのは怖かった。

だから、電子レンジを使った。

爆発しないようにラップを少し浮かせること、
温めすぎると固くなること。
失敗しながら、ネットで調べながら。

「火を使わなければ、大丈夫」

それが、ハルトの中のルールになった。

母は言った。

「ハルト。すごいね。でも無理しなくていいんだよ」

ハルトはうなずいたけれど、
心の中ではこう思っていた。

――自分ができることは、自分でやる。
――そうすれば、母は少し楽になる。

その母が、もう帰ってこなくなった。

でも、料理だけは、ハルトの中に残った。

給食の時間、ハルトはよく言われた。

「ハルト、今日のメニューどう思う?」
「これ、家でも作れる?」

最初は戸惑った。
でも、質問されるのは嫌じゃなかった。

家庭科の授業では、先生が言った。

「火を使わない調理、誰か知ってる?」

ハルトが手を挙げた。

電子レンジで作る蒸し料理。
炊飯器で作るケーキ。

クラスはざわついた。

「え、小学生で?」
「それ、ほんとに一人で?」

先生は少し黙ってから、こう言った。

「ハルトくんのやり方は、とても現実的で安全だね」

その言葉は、ハルトの背中を少しだけ伸ばした。

ユウイチと暮らし始めてから、ハルトは近所のスーパーに一人で行くようになった。

最初に声をかけてきたのは、レジの女性だった。

「今日は何作るの?」

「……レンジで蒸し野菜です」

「じゃあ、このキャベツ、小さいから使いやすいよ」

次は、惣菜コーナーの若いお兄さん。

「これ、味の勉強になるから食べてみな」

値引きシールの貼られた煮物を、そっとカゴに入れてくれた。

レジの人は、いつも言った。

「今日も料理?」
ハルトがうなずくと、少しだけ嬉しそうに微笑った。

誰も、「かわいそう」とは言わなかった。
誰も、「無理しなくていい」とも言わなかった。

ただ、
一人の料理する人として接してくれた。

それが、ハルトには何よりありがたかった。


ある夜、ユウイチは聞いた。

「……なんで、そんなに料理できるんだ?」

ハルトは少し考えてから答えた。

「できるから」

それ以上でも、それ以下でもなかった。

ユウイチは、その言葉を胸の中で何度も転がした。

――この子は、強いんじゃない。
――強くならざるを、得なかったんだ。

翌朝、ユウイチはいつもより丁寧に、おにぎりを握った。

具を入れて。