シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです

 入場の様子を数枚ほど撮影した後、恭平はステージへと身体を向き直す。
 友達同士で手を繋ぎ、二列に並んで入場してきた子供達がステージ脇に入ってしまうとお遊戯室の照明が半分落とされた。
 保護者が見守る中、担任の樋口先生のナレーションに合わせて最初に登場してきたのは、額にお爺さんのお面を付けた綾斗とアツ君。妙に強張った表情の綾斗とは反対に、アツ君は観覧スペースをきょろきょろ見ながら家族の姿を探している。

「お爺さんは畑へカブの種を植えることにしました」

 二人揃い、「がんばろう」と元気な掛け声を上げてから、ぎこちない手付きで種を蒔く仕草をする。撒き終わった後、畑に向かって「大きく育ってねー」と口に手を添えて台詞を言うと一度はステージから去って行く。
 台詞は全て短いけれど、物語に合わせた動きも必要だから、子供達はきっと沢山練習したのだろう。覚え切れていない部分は、傍についている黒子役の先生が横から指示を出してくれていた。
 そして、補助の先生の手であの大きなカブがステージ上に設置されると、再びお爺さん役の二人が姿を現した。

 隣に座る恭平を見ると、お遊戯室の床の上に胡坐をかきながら背筋を伸ばして綾斗達の演技をとても優しい目で見守っていた。台詞を言うタイミングを忘れてしまったのか、アツ君が話し始めると慌てたように声を合わせる姿には、少しハラハラと不安そうに眉を動かしている。
 誰がどう見てもそれは父親の反応そのもので、私は心の中で少し安心していた。あの子を産むことは彼の周囲から大きな反感をかう原因になるのは分かっていた。でも、彼自身には拒絶されたくはなかった。産んで欲しくないと直接言われるのが怖くて、逃げ出した。
 だからこうして彼が息子のことを愛おしんでくれている姿が見れるのは、とても嬉しかった。

 ステージの上には同じクラスの子供達がお面をつけて続々と登場し、みんなで一列に並んで「うんとこしょーどっこいしょ」と元気よく掛け声を上げている。最後のネズミさんが加わり、大きなカブがすぽんと抜けると、思い思いに飛び跳ねて喜びを表現する年少の子供達。
 その無邪気な演技にお遊戯室内には笑い声と拍手の音が響き渡っていた。

「最初はどうなるかと思ったけど……」

 緊張したのか初めは弱々しい声で台詞を口にしていた綾斗のことを思い出したのか、恭平が笑いを堪えながらスマホのカメラを子供達に向けながら言う。

「大役だったけど、しっかりやり切ったね」
「ああ、よく頑張ってた」

 子供達が飽きてしまうからと、そこまで長い練習時間は取れなかったと聞いていたし、どうなることやらと思っていたけど、先生達が適宜フォローしてくれたおかげで最後まで誰もグズったりすることなく終えられた。まだこの年齢では出たくないとステージに上がることすらしない子だっていて当然なのだからすごいことだ。

 でも、沢山の拍手に見送られながら保育室へと戻っていく子供達の顔は、ついこないだまでオムツをしていた赤ちゃんには見えない。子供はあっという間に成長していくものだと、改めて実感させられた気がした。

「じゃあ、俺は先に出るね」

 綾斗達の退場を見送った後、恭平が腕時計をちらりと見てから告げてくる。まだ大きいクラスの演目が残っているけど、そこまで長居はできないらしい。
 私は「分かった」と頷き返してから、恭平に向けて手を振ってみせる。後ろに並ぶカメラの邪魔にならないよう背を屈めてお遊戯室を出ていく彼の背を見送った後、私は前を向き直す。
 今までずっと一人での参観が当たり前だったのに、今日は彼が一緒に来てくれたことでとても心強かった。同じように一人で観に来ている親も多いけれど、賑やかに家族総出の家も少なくなく、園行事はいつも心細い思いを抱いていたから。
 きっと綾斗だって私以外にも観て欲しかったから、自ら恭平のことを誘いに行ったのだろう。知らずに寂しい思いをさせていたと気付いて、胸がちくりと痛んだ。

 一度帰宅した後、保育時間の終了に合わせて迎えに行った私に、綾斗は真っ先に聞いてきた。

「あれー、パパは?」

 三人で登園したから帰りも恭平が一緒だと思い込んでいたらしく、私が一人なのを知って露骨に悲しそうにする。

「お仕事あるから、綾斗達の劇を見た後、会社に行ったよ」
「なぁんだ……」
「でも、ちゃんと綾斗のお爺さん役は最後まで見てくれてたよ」

 私の言葉に、綾斗は「だったら、良かった」と笑顔になる。「緊張した?」と聞き返してみると、「全然!」と自信満々な返事が返ってきたけど、強張って難しい顔になっていたのはちゃんとスマホに収めてある。本人が楽しかったのなら、それでいい。

 終わってからのお片付けでは、皆であの大きなカブを倉庫へ協力して運び込んだのだという。あれはまた一年後、次の年少さんの舞台でも活躍してくれるはずで、私はきっとそれを懐かしいなと今日のことを思い出しながら眺めることになるのだろう。