シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです

 小林さんが開店準備のために一階へ下りていった後、ほぼ入れ替わるように主婦パートの柿崎さんが出勤してくる。彼女は駅から少し離れた住宅地の一軒家で、夫と高校生の娘との三人暮らし。パートだけど社員の私よりも勤務歴は長く、うちの会社の陰のボスだと密かに呼ばれている。

「あれー? 今日って野瀬さんも出てるんだっけ?」

 壁に張り付けられたホワイトボードを見上げながら、柿崎さんがちょっと嬉しそうなニヤケ顔をする。ボードには各自の勤務予定が記入されていた。営業の野瀬さんも社長も不在となると、この小さな事務所は私と彼女との二人だけだ。

「野瀬さんは夕方には戻って来られるみたいですけど」
「だったら私は会わないし、今日は広々と過ごせるわね」

 社長も野瀬さんも大柄な男性だから、柿崎さんは常日頃から「事務所が狭い!」と愚痴っている。このビルの設備も古くなってきているし事務所移転の話は何度かあったが、なかなか良い物件が出てくる気配はないらしい。せめて古い書類を保管する倉庫を別に借りてくれたらいいのにと私も密かに思ってはいた。

 アポなしの問い合わせが電話で数件あったくらいで、この日の仕事はとても平穏だった。溜まっていた書類を片付けることができたし、普段は散らかり放題の男性達のデスク周りにも久しぶりに掃除機をかけてすっきりだ。
 昼休憩時に下の店舗を覗くと、小林さんと社員の舟木君が外国人留学生を相手にジェスチャー付きで接客しているところだった。店には英語が得意な女性社員もいたはずだったが、彼女は物件の案内か何かで出ていたのだろうか。

 日が暮れると外回りの仕事から戻ってきた野瀬さんに挨拶して、綾斗の待つ保育園へと向かう。十八時前のお迎えでは、朝とはまた違う顔ぶれとすれ違う。
 保育室の前では同じクラスの女の子の父親が担任の峰岸先生と深刻な表情で話し込んでいた。男性保育士で話しやすいからか峰岸先生は他のクラスの父親からも相談を持ち掛けられているのをよく見かけることがある。

「朝出る時に、『今日はパパが迎えにきてね』って言ってたはずなんですけどぉ……」
「一日過ごしているうちに、気が変わっちゃったんでしょうね」

 二人の脇を通り過ぎて室内に入ると、帽子もリュックも準備万端なのにカーテンに包まるようにして「ママのお迎えが良かったのに……」と泣きべそをかいている女の子の姿があった。折角迎えに来てくれたのに、パパがちょっと不憫だ。
 副担任の先生は女児の傍で宥めながらも、私に気付いて「あ、綾斗君のお母さん、おかえりなさい」と声をかけてくる。

 私はいつも通りに息子の帰り支度のため、朝とは逆に保育室内から持ち帰る物を順に回収していく。綾斗の名前シールが貼られたロッカーから園リュックと帽子を引っ張り出して振り返ると、女児を見送ったばかりの担任が綾斗に上着を着せてくれていた。

「綾斗君、今日もすごく頑張ってましたよ。新しいお友達にも積極的に声をかけてあげたりして」
「そうなんですね」

 途中入園でまだ慣れていない子が多いクラスだから、ずっと通っている子が引っ張ってくれると助かると褒められて、綾斗は得意げに鼻を膨らませている。
 年少になってから随分しっかりしてきたとは思っていたけれど、他の子への気配りもできるようになったと聞いて、私はじんわりと胸の奥が熱くなる。
 誰にも相談できず手探りでやってきた子育て。何が正解か分からなかったが、息子はちゃんと優しい子に育ってくれていると知って嬉しかった。

 ママチャリのチャイルドシートに息子を乗せて走り出すと、綾斗が後ろからその日に園であったことを話し始める。
 今日は帰り際に先生から褒められたおかげでいつもより饒舌だ。

「給食の時、アツ君がご飯をお替りしてたから、綾斗もがんばって食べたんだけど、おしまいの時間になっちゃった」
「お替りできなくても全部残さず食べられたの? 綾斗、えらいねー」
「あとね、お昼寝のお布団、上手に畳めたねってコータ先生に言われたよ」

 コータ先生というのは担任の峰岸先生のことだ。下の名前が航太だから、子供達はコータ先生と呼んでいる。でも副担任のことは樋口先生と苗字呼びなので、先生達はそれぞれが呼ばれたいように教えているのかもしれない。さすがに親はどちらも苗字で呼んでいる人が多いみたいだけれど。

 終始機嫌の良い息子のお喋りに付き合いながら、私は自転車をアパートの駐輪スペースに停める。
 トタン屋根の一部が欠けたボロボロの駐輪場。置かれている自転車は私のママチャリともう一台だけ。昭和に建てられたという古びた木造アパートに今時好んで住みたがる人はいない。二階建てで全部で八部屋あるが、半分は空き部屋だ。
 でも、私達親子にはここしか住めるところがなかった。

 半年前、それまで一緒に住んでいた母方の祖母が体調を悪くして施設へ入ることになった。要介護の老人ホーム。手頃な施設は空きがなく、入居料の高いところへ入れるとなると祖母名義の家を売却して資金を作るしかなかった。
 両親は幼い頃に離婚していたし、私には兄弟はいない。母はすでに亡くなっていたから伯父に相談したら、家の売却を強引に押し進められた。いずれは伯父が相続するはずの家だったし、居候の私には拒否できるわけがない。
 祖母が施設に入ると同時に、私と綾斗は引っ越しを余儀なくされた。