義妹の引き立て役はもう終わりにします

 あの後、私は身体中に薬を塗られることになった。
 背中の傷はかなり酷いようで包帯を巻かれたけれど、他の傷は自分で薬を塗るだけで大丈夫らしい。

 恥ずかしい思いはせずに済んで、おまけに鞭で打ってくる人もいない。
 自分の家ではないから気は抜けないけれど、あの家に居るよりもずっと心地よかった。

「――この傷ですが、かなり深いので跡が残るかもしれません」
「そうですよね……」

 鞭で打たれ続けた背中の傷が綺麗に治らないことは、ずっと前から予想していた。
 だから、重々しく告げられても動じずに済んだ。

 ジュリアのように背中が大きく開いたドレスを着なければ、見ても分からないはずだ。
 傷自体は塞がっているからお風呂に入ることは出来るけれど、長湯は厳禁らしい。

「治療、ありがとうございました」
「はい。お大事になさってください。明後日にも傷の確認をするので、必ず見せてくださいね」
「分かりました」

 お医者様の言葉に頷くと、彼と入れ違いでイアン殿下が姿を見せた。
 その手には透明なガラス玉のようなものが抱えられている。

「魔力検査の用意をしてきた。テーブルに置くから離れて」
「は、はい!」

 慌ててソファーから離れると、丁寧に透明な玉が置かれた。
 これは魔道具というものらしく、簡単に魔力検査が出来るらしい。

 魔力検査は十歳になる前には受けられないものの、その誕生日を迎えると受けられるようになる。
 だから、貴族なら大抵は十歳になるときに魔力検査を受けるのだ。

 ジュリアもこの魔力検査で聖女の素質があると判断された。
 けれど、私は今まで一度も受けていない。

 水魔法は井戸水をくみ上げるのが大変で、必死に勉強したら使えるようになったけれど、他の魔法を扱えるのかは分からなかった。

「……レオン、少しは手伝え」
「無理だね。イアンと違って、俺はか弱い文官だよ。膝を痛めているから、重いものなんて持てるわけがない」
「痛めているなら、そうと言ってくれ。後で薬草を用意する」
「これくらい大丈夫だよ。イアンは心配症だな。そんなんじゃ、アイリス嬢に嫌われるぞ」
「余計なことを言うな」

 イアン殿下の側近だと思っていたこの人は、レオンという名前らしい。
 この軽いやり取りが出来るということは、家格も相当高いと想像できる。

 私のような伯爵令嬢がおいそれと話しかけて良い相手ではないわ……。
 そう思っていると、二人から視線を向けられた。

「――この球は魔力検査器といって、触れた人が使える魔法の属性を示してくれる。
 だから、とりあえず触れてみて」
「は、はい……」

 イアン殿下に言われるがままに、恐る恐る急に手を伸ばす。
 指先が少し触れると、何かが吸われるような感覚に襲われる。

 そして、球が虹色に輝いて、震え始めた。

「こ、これ大丈夫ですか!?」
「嘘だろ……」
「割れると思うから離れて」

 呆然とするレオン様に、どこか嬉しそうな様子のイアン殿下。
 言われた通り、私は手を離して後ろに下がる。

 すると、パリンッと音を立て、球が粉々に砕けてしまった。

「ごめんなさい……!」

 最後に触れたのは私だから、割れたのは私のせいに違いない。
 そう思って深々と頭を下げると、心配するような声をかけられた。

「怪我はしていないか?」
「それは大丈夫です。でも、こんなに高そうなものを壊してしまいました……」
「壊れてないから大丈夫。魔力が多い人が触ると割れるけど、少し待てば元に戻る」

 イアン殿下は冷静だけれど、レオン様はお腹を抱えて笑いをこらえている様子。
 何がおかしいのか分からないけれど、悪い人ではなさそうだ。

 それにしても、私の魔力が多かったなんて……。

「イアンが昨日も割ったから、ついに壊れたんじゃないか?」
「なら、レオンが触って確かめろ」

 どうやらイアン殿下も魔力が多いらしい。冷静なのは、何度も見てきたからだろう。
 ちょうどその時、球が静かに元に戻り、今度はレオン様が手を伸ばした。

 すると球が青色と赤色の光が放たれる。
 紫になっているところもあるけれど、きっとこれは水属性と火属性なのだろう。

「はいはい。で、壊れてなかったけど、どうすんの?」
「虹色なんて初めて見たから、資料を調べてみる。それまでは、貴族のマナーを身に着けてもうことにしよう」
「分かった。俺も資料調べは手伝うよ」

 レオン様がそう口にした時。
 部屋の扉がノックされた。

「昼食の時間のようだな」
「ああ。ダイニングに行こう」
「イアン殿下とレオン様は一緒に食事をとられているのですね」
「今日は陛下が不在だから一緒に食べるが、普段は違う」
「なるほど……」

 そんなお話を聞きながら廊下を進み、ダイニングに入る。
 ここは落ち着いた雰囲気になっていて、ちょうど料理が並べられているところだった。

「アイリス嬢はここに座って」
「分かりました」

 私達の前には大きなお皿がいくつも並べられている。
 そして、私の前にもお皿が置かれた。

 飲み物は、綺麗なお水とお茶が用意されている。
 好みに合わせて選べるらしい。

「こちらはアイリス様のお身体のことを考えて用意しましたので、全て召し上がっていただきたいものになります。完食されましたら、こちらもお好みで召し上がってください」
「分かりました」

 私の前に置かれた料理はバランスよく盛り付けがされたもののようで、中身はイアン殿下やレオン様の前にあるものと同じだ。
 イアン殿下が食事を始めるのを待ってから私も料理を口に運ぶ。

 今まで雑草ばかり食べていたから、これがおいしいのかは分からないけれど、久々に感じる味に涙が出そうになった。
 そんな時、レオン様がお水を飲み干し、グラスが空になるところが目に入る。

「お水、入れさせていただきますね」
「ありがとう。
 ……それは給仕係の役目だから、アイリス嬢がする必要は無いよ」

 彼には静止されたけれど、既に水魔法でグラスを満たした後だ。

「次から気を付けます」

 軽く頭を下げると、レオン様は私が注いだお水も口に含んだ。
 そして、何かに驚いたのか、そのまま固まってしまった。

「なんだこの水は。美味しすぎる。おまけに、膝の痛みが消えた。まさかとは思うが、アイリス嬢の水魔法は怪我を治せるのか……?」

 この言葉が放たれた瞬間、時間が止まったかのような静寂に包まれてしまった。