「茉白、体調はどう?」
「プリン買ってきたから一緒に食べよー」
翌日。特に何事もなかったように朝目を覚ました私は、昨日の夜の出来事を、夢だと思い込むことにした。医者からの診察を終え、明日には退院できるとのこと。その日、夕方に学校が終わる時間になると、結衣と美菜がお見舞いに来てくれた。
「おかげさまで、ぼちぼちかな。明日には退院できるって。プリン、ありがとう」
「それならよかった。いえいえ! 食べよ食べよ」
「結衣がプリン食べたかったんだもんね」
「しっ! それは言わない約束でしょっ」
二人のコントのようなやりとりがおかしくて、つい笑みがこぼれた。
楽しい気分になったのが久しぶりで、なんだか胸が熱くなるような、切なくなるような不思議な感覚がした。
「めっちゃおいしい〜! やっぱりこの『北国プリン』は最高だな」
結衣がとろけそうな表情でプリンを咀嚼する。『北国プリン』は、学校の最寄駅の前で時々やってくるワゴン車で販売しているプリンだ。
なめらかな舌触りと、ふんわり香る牛乳の匂いがたまらなくおいしい。牛乳の割合が多いのか、見た目が普通のプリンより白いのが特徴だった。
「そういえば茉白、交換ノートは書けた?」
プリンを食べ終えた結衣にそう問われて、私は「えっと」と口籠る。美菜も、「そろそろほしいなぁ」とぼやいていた。
「ごめん。まだ書いてなくて……。今、家にあるの」
「そっか。まあこんな状況だし仕方ないね。退院したら持ってきてね?」
「分かった」
たかが交換ノート一つにそれほどこだわりがあるのか、先ほどプリンを食べていた時の恍惚とした表情はどこへやら、結衣は真顔で私に念を押した。
「それとさ、今日はもう一つ、茉白にプレゼントがあるの」
「え、なに?」
今度はなんだろう。プリンの次は花束とか? でも、二人が花を持っている様子はない。
結衣が通学鞄の中をゴソゴソと探る。「あった」とにんまり笑った顔が、昨夜の母の笑顔と重なって、ドキリとした。
「これこれ、新作らしいの。正規品だし、茉白にもあげる」
「え——」
結衣から渡されたそれは、シールだった。
きらきらでかわいいシールならよかったのだが、そうではない。
何の変哲もない、白くて丸いシール。
「こ、これって……」
「ね、レアでしょ? ずっと探してたんだぁ。この“白シール”。クラスの子たちが続々手に入れてて入手経路聞いたら、『きらめきショップ』にあるんだって教えてくれて。懐かしいよね、『きらめきショップ』。お店のおばあちゃんが教えてくれたんだ」
「結衣、見つけた時大興奮して棚におでこぶつけたんだよね〜」
「こら、それも言っちゃダメ!」
結衣がおでこを手で隠しながら頬を赤く染める。
そんなかわいらしい二人の会話も、私はどこか遠い場所で響いてるように感じられた。
二人の声が、だんだんと霞んでいく。目は結衣から手渡された白シールに釘付けになっていて、身体の中に底知れぬ恐怖がもぞりと這い込んできた。
「白シール……白……」
口がわなわなと震え出す。美菜が「茉白もこれでうちらの仲間だね」と弾んだ声を上げた。
ああ、そうか。
翠ちゃんの友達が白い影になって学校に来なくなったと聞いてから、ずっと気になっていた「まっしろ」の意味が、ふと胸の奥で繋がった。
ネットの記事で読んだ、二十年前にいじめられていた女の子の話。
オカルト記事で見た、文房具メーカーのパワハラ事件。
そして、りおさんの話。
白くなってしまった翠ちゃんに似た女の子の写真。
消えてしまった人たちは、みんな——。
「まっしろ」に、なったんだ。
存在しない平成女児グッズ。
それを使っていた人たち。
もしかしたら、心のどこかに恐怖心を抱えていた人たちが、「まっしろ」にされてしまった。
でも、「まっしろ」の正体が分かった私は、こわくない。
結衣と美菜から渡された白シールは、ただの白いシールだ。
蛍光灯の光を受けて、きらきらと光っている。綺麗だとさえ思えた。
だからこれでもう、だいじょうぶ。
先ほどまで感じていたはずの恐怖が弾け、胸の中には陽だまりのような温かさが広がった。
「ありがとう、二人とも。白シール、大事にするねっ」
「プリン買ってきたから一緒に食べよー」
翌日。特に何事もなかったように朝目を覚ました私は、昨日の夜の出来事を、夢だと思い込むことにした。医者からの診察を終え、明日には退院できるとのこと。その日、夕方に学校が終わる時間になると、結衣と美菜がお見舞いに来てくれた。
「おかげさまで、ぼちぼちかな。明日には退院できるって。プリン、ありがとう」
「それならよかった。いえいえ! 食べよ食べよ」
「結衣がプリン食べたかったんだもんね」
「しっ! それは言わない約束でしょっ」
二人のコントのようなやりとりがおかしくて、つい笑みがこぼれた。
楽しい気分になったのが久しぶりで、なんだか胸が熱くなるような、切なくなるような不思議な感覚がした。
「めっちゃおいしい〜! やっぱりこの『北国プリン』は最高だな」
結衣がとろけそうな表情でプリンを咀嚼する。『北国プリン』は、学校の最寄駅の前で時々やってくるワゴン車で販売しているプリンだ。
なめらかな舌触りと、ふんわり香る牛乳の匂いがたまらなくおいしい。牛乳の割合が多いのか、見た目が普通のプリンより白いのが特徴だった。
「そういえば茉白、交換ノートは書けた?」
プリンを食べ終えた結衣にそう問われて、私は「えっと」と口籠る。美菜も、「そろそろほしいなぁ」とぼやいていた。
「ごめん。まだ書いてなくて……。今、家にあるの」
「そっか。まあこんな状況だし仕方ないね。退院したら持ってきてね?」
「分かった」
たかが交換ノート一つにそれほどこだわりがあるのか、先ほどプリンを食べていた時の恍惚とした表情はどこへやら、結衣は真顔で私に念を押した。
「それとさ、今日はもう一つ、茉白にプレゼントがあるの」
「え、なに?」
今度はなんだろう。プリンの次は花束とか? でも、二人が花を持っている様子はない。
結衣が通学鞄の中をゴソゴソと探る。「あった」とにんまり笑った顔が、昨夜の母の笑顔と重なって、ドキリとした。
「これこれ、新作らしいの。正規品だし、茉白にもあげる」
「え——」
結衣から渡されたそれは、シールだった。
きらきらでかわいいシールならよかったのだが、そうではない。
何の変哲もない、白くて丸いシール。
「こ、これって……」
「ね、レアでしょ? ずっと探してたんだぁ。この“白シール”。クラスの子たちが続々手に入れてて入手経路聞いたら、『きらめきショップ』にあるんだって教えてくれて。懐かしいよね、『きらめきショップ』。お店のおばあちゃんが教えてくれたんだ」
「結衣、見つけた時大興奮して棚におでこぶつけたんだよね〜」
「こら、それも言っちゃダメ!」
結衣がおでこを手で隠しながら頬を赤く染める。
そんなかわいらしい二人の会話も、私はどこか遠い場所で響いてるように感じられた。
二人の声が、だんだんと霞んでいく。目は結衣から手渡された白シールに釘付けになっていて、身体の中に底知れぬ恐怖がもぞりと這い込んできた。
「白シール……白……」
口がわなわなと震え出す。美菜が「茉白もこれでうちらの仲間だね」と弾んだ声を上げた。
ああ、そうか。
翠ちゃんの友達が白い影になって学校に来なくなったと聞いてから、ずっと気になっていた「まっしろ」の意味が、ふと胸の奥で繋がった。
ネットの記事で読んだ、二十年前にいじめられていた女の子の話。
オカルト記事で見た、文房具メーカーのパワハラ事件。
そして、りおさんの話。
白くなってしまった翠ちゃんに似た女の子の写真。
消えてしまった人たちは、みんな——。
「まっしろ」に、なったんだ。
存在しない平成女児グッズ。
それを使っていた人たち。
もしかしたら、心のどこかに恐怖心を抱えていた人たちが、「まっしろ」にされてしまった。
でも、「まっしろ」の正体が分かった私は、こわくない。
結衣と美菜から渡された白シールは、ただの白いシールだ。
蛍光灯の光を受けて、きらきらと光っている。綺麗だとさえ思えた。
だからこれでもう、だいじょうぶ。
先ほどまで感じていたはずの恐怖が弾け、胸の中には陽だまりのような温かさが広がった。
「ありがとう、二人とも。白シール、大事にするねっ」



