「いや、だめなの。ちゃんと思い出さないと……ちゃんと」
それでも翠ちゃんは交換ノートやマジックライトペンをどこで手に入れたのか、青い顔のまま思い出そうとしていた。
「翠ちゃん」
見かねたはーちゃん先生が翠ちゃんの肩を抱く。翠ちゃんはほとんど過呼吸になりかけていて、ひゅうひゅうと聞くに耐えない呼吸音を発していた。
「無理に思い出さなくていいわ。ゆっくり深呼吸して」
両手でお皿をつくるようにして、はーちゃん先生が翠ちゃんの口元に自分の手をかぶせる。翠ちゃんはしばらく苦しそうに息をしていたが、やがて落ち着いたのか、玉のような汗を浮かべて「ごめんなさい」と謝った。
「謝らなくていいの。むしろ先生のほうこそ、余計なことしてごめんなさいね」
「わ、私もごめん! 無理な質問だった」
「ちがう、の。変な質問でもなんでもないんだけど、わたしが思い出せないから悪いの」
「翠ちゃんは悪くないよ。今日はちょっと休んでよ?」
「……うん」
はーちゃん先生が翠ちゃんの親御さんに連絡を入れようとしたが、翠ちゃんは「少し休んだら大丈夫です」と吐息を吐くように囁いた。
「茉白ちゃんはどう思う? 三つの平成グッズの出所について」
翠ちゃんをソファに座らせている間、はーちゃん先生がピアノの椅子に座っている私に聞いてきた。
「どうと言われても……正直分かりません。AIが回答を間違ってるだけじゃないんですか?」
「そうね。私もそう思いたいんだけど。でもこの件は何か引っ掛かるの。2005年って、昨日茉白ちゃんが電車の中で調べてた『まっしろ事件』が起きた年と同じでしょう?」
「あ——」
先生に言われて初めて気づく。
確かにそうだ。「まっしろ事件」のニュース記事では、2005年の事件だと書かれていた。そして、翠ちゃんの持っている平成女児グッズの一部も、2005年に製造されたものだという。偶然……と思いたいけれど、偶然にしてはできすぎていないか?
「この⬛︎⬛︎株式会社っていうのも、なんだか気味が悪いわよね。まるで存在しない会社のような」
「存在しない会社……」
はーちゃん先生の言葉を繰り返した時、背後でひゅううっと冷たい風が吹き抜けた気がした。
はっと振り返っても、もちろん誰もいない。扇風機でもつけない限り家の中で風が吹くなんてありえないし、今このレッスン部屋には扇風機は置かれていない。
「先生……私、ちょっと頭を冷やしたいです」
翠ちゃんがソファで休んでいる姿を尻目に、私はぽつりとそう呟いた。
はーちゃん先生がはっとして私を見やる。
「そう……よね。いきなりこんなこと言われても、混乱するわよね。ごめんさないね。今日はレッスン、なしにしましょう」
私の気持ちを汲んでくれたのか、はーちゃん先生がパチンと軽く手を叩いた。
翠ちゃんもどこかほっとした表情で私たちのほうを見つめている。
「こっちこそ、すみません。しばらく一人で考えさせてください」
いろんな情報を一度に浴び過ぎたせいで、思考がショートしかけていた。
三人で集まって話し合うのも大切だが、今は一人になりたいという気持ちのほうが大きかった。
「何か分かったらまたご連絡します。翠ちゃんも……また連絡するね」
私は、ソファで息を整えている妹のような彼女に、無理やりつくった笑みを向けた。
翠ちゃんは、どこか遠くを見るような目でこくりと頷いた。
大丈夫だよ。実里ちゃんは絶対にまた学校に来てくれるようになるから。
自分に言い聞かせるようにして、心の中で何度も祈るようにして唱える。
まさか今この瞬間が、翠ちゃんを目にする最後の時間になるなんて——この時は思いもしなかったんだ。
それでも翠ちゃんは交換ノートやマジックライトペンをどこで手に入れたのか、青い顔のまま思い出そうとしていた。
「翠ちゃん」
見かねたはーちゃん先生が翠ちゃんの肩を抱く。翠ちゃんはほとんど過呼吸になりかけていて、ひゅうひゅうと聞くに耐えない呼吸音を発していた。
「無理に思い出さなくていいわ。ゆっくり深呼吸して」
両手でお皿をつくるようにして、はーちゃん先生が翠ちゃんの口元に自分の手をかぶせる。翠ちゃんはしばらく苦しそうに息をしていたが、やがて落ち着いたのか、玉のような汗を浮かべて「ごめんなさい」と謝った。
「謝らなくていいの。むしろ先生のほうこそ、余計なことしてごめんなさいね」
「わ、私もごめん! 無理な質問だった」
「ちがう、の。変な質問でもなんでもないんだけど、わたしが思い出せないから悪いの」
「翠ちゃんは悪くないよ。今日はちょっと休んでよ?」
「……うん」
はーちゃん先生が翠ちゃんの親御さんに連絡を入れようとしたが、翠ちゃんは「少し休んだら大丈夫です」と吐息を吐くように囁いた。
「茉白ちゃんはどう思う? 三つの平成グッズの出所について」
翠ちゃんをソファに座らせている間、はーちゃん先生がピアノの椅子に座っている私に聞いてきた。
「どうと言われても……正直分かりません。AIが回答を間違ってるだけじゃないんですか?」
「そうね。私もそう思いたいんだけど。でもこの件は何か引っ掛かるの。2005年って、昨日茉白ちゃんが電車の中で調べてた『まっしろ事件』が起きた年と同じでしょう?」
「あ——」
先生に言われて初めて気づく。
確かにそうだ。「まっしろ事件」のニュース記事では、2005年の事件だと書かれていた。そして、翠ちゃんの持っている平成女児グッズの一部も、2005年に製造されたものだという。偶然……と思いたいけれど、偶然にしてはできすぎていないか?
「この⬛︎⬛︎株式会社っていうのも、なんだか気味が悪いわよね。まるで存在しない会社のような」
「存在しない会社……」
はーちゃん先生の言葉を繰り返した時、背後でひゅううっと冷たい風が吹き抜けた気がした。
はっと振り返っても、もちろん誰もいない。扇風機でもつけない限り家の中で風が吹くなんてありえないし、今このレッスン部屋には扇風機は置かれていない。
「先生……私、ちょっと頭を冷やしたいです」
翠ちゃんがソファで休んでいる姿を尻目に、私はぽつりとそう呟いた。
はーちゃん先生がはっとして私を見やる。
「そう……よね。いきなりこんなこと言われても、混乱するわよね。ごめんさないね。今日はレッスン、なしにしましょう」
私の気持ちを汲んでくれたのか、はーちゃん先生がパチンと軽く手を叩いた。
翠ちゃんもどこかほっとした表情で私たちのほうを見つめている。
「こっちこそ、すみません。しばらく一人で考えさせてください」
いろんな情報を一度に浴び過ぎたせいで、思考がショートしかけていた。
三人で集まって話し合うのも大切だが、今は一人になりたいという気持ちのほうが大きかった。
「何か分かったらまたご連絡します。翠ちゃんも……また連絡するね」
私は、ソファで息を整えている妹のような彼女に、無理やりつくった笑みを向けた。
翠ちゃんは、どこか遠くを見るような目でこくりと頷いた。
大丈夫だよ。実里ちゃんは絶対にまた学校に来てくれるようになるから。
自分に言い聞かせるようにして、心の中で何度も祈るようにして唱える。
まさか今この瞬間が、翠ちゃんを目にする最後の時間になるなんて——この時は思いもしなかったんだ。



