きらきらでかわいいまっしろ

 りおさんをなんとかなだめて、ようやく彼女が落ち着いた頃、外の景色はすっかり日暮れに近づいていた。
 我に返ったりおさんが「今日は取り乱してすみませんでした」と勢いよく頭を下げたのを見て、ずっと早鐘を打っていた心臓がようやく落ち着いた。
 それから私たちは彼女にお礼を伝え、カフェで解散したのだった。
 

 電車に揺られて、東京へと帰っていく。帰りの電車は奇跡的に三人分の席が空いていて、私たちは並んで横に腰掛ける。よっぽど疲れたのか、翠ちゃんは席に座った瞬間、すっと目を閉じてしまった。
 翠ちゃんが私の肩にもたれかかる。くうくうと小さな寝息を聞いていると、私までいつのまにか眠りこけてしまっていた。

「翠ちゃん、明日のレッスンのことなんだけど」

 地元の駅までたどり着く頃には翠ちゃんも目を覚ましていて、空は暗く沈んでいた。
 はーちゃん先生が、何か思い詰めた様子で翠ちゃんに話しかけた。

「明日、レッスンの時に翠ちゃんが持ってる平成女児グッズを持ってきてくれないかしら?」

「わたしが持ってる平成女児グッズ……はい、いいですよ」

 翠ちゃんは少し考えて、こっくりと頷いた。

「ありがとう。今日のりおさんの話を聞いて、やっぱり平成女児グッズに、実里ちゃんを取り戻すヒントのようなものが隠されてるんじゃないかって思ったから」

 実里ちゃんを取り戻す——はーちゃん先生のその表現に、私はひゅっと喉を鳴らした。
 先生の中で、実里ちゃんは得体の知れない何者かによって連れ去られたという解釈なんだろうか。私は、実里ちゃんは自宅に引きこもっていると信じたいのだけれど……でも、連れ去られたとしか思えないような状況であることも否定できない。
 翠ちゃんはりおさんと会った後からずっと様子が変だ。単に疲れているだけかもしれないけれど、なんだか心ここにあらずといった様子。

「翠ちゃん、今日は疲れたよね。りおさんとの話の中で、何か気づいたことでもある?」

 私は、妹に接するようにできるだけ優しく質問をした。実際は一人っ子で妹なんていないんだけれど。
 翠ちゃんの、吸い込まれそうなほど(つぶ)らだった瞳が、瞬時に動揺で揺れたのが分かった。でも、すぐに「分かりません」と首を小さく横に振った。

「白いシールとか“まっしろ”とか、気になる言葉が多かったことだけ……。茉白ちゃん、“まっしろ”って本当になんなんだろう……?」

 茉白ちゃん。
 翠ちゃんやはーちゃん先生から名前を呼ばれるたびに、自分も「まっしろ」に取り込まれていくような気がしてしまう。単に名前が似ているだけなのに。今この瞬間ほど、茉白という名前を恨んだことはなかった。

「分からない……実里ちゃんも絵美さんも、何か白い魔物みたいなものに取り憑かれたとしか、考えられないよ」

 幽霊とか怪異とか、そういう言葉より“魔物”という言葉を使ったのは、そっちのほうがフィクションっぽかったからだ。
 幽霊と言われたら、妙に身近な存在に思えてしまう。魔物ならまだ、遠い異国に現れるファンタジーだと感じられる。

「そう、だよね。わたしも、“白”が関係してる何かが取り憑いたんだと、思ってきた。でもこれ以上は……今は何も考えられない」

 翠ちゃんは頭を抑えて苦しそうに呻いた。ここ数週間の間にいろんなことが起こって、頭がパンクしているといった様子だった。小学生の彼女には、刺激が強すぎたのかもしれない。私ははーちゃん先生に「また明日、ですね」と小さく囁いた。

「そうね。今日はみんな疲れてるでしょうし。また明日のレッスンで会いましょう。ご自宅まで送るわ」

 はーちゃん先生がその場を締めてくれたので、私も翠ちゃんもほっとして帰路についた。
 だがその帰り道、私は何度か背中に突き刺さるような視線を感じた。
 振り向く勇気はなかった。
 これ、電車の中で感じたのと同じ……?
 気のせいだと思いたくて、前だけを見て必死に歩く。だんだんと早歩きになっていく私に、はーちゃん先生が「茉白ちゃん、どうしたの」と不思議そうに尋ねた。

「はあ、はあ……なんでもないです。すみません」

 自然と荒くなっていた呼吸を整えて、はーちゃん先生の質問に首を振って答えた。先生は「そう」と一応納得してくれた様子だったが、メガネの奥の瞳が心配そうに揺れていた。
 「視線なんて気のせいだ」と自分に言い聞かせながら、私は振り返らず歩き続けた。