時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女


   ◆

 ――やっぱり未来の記憶が消える。

 心配だからと手をつないで歩くシャロンを横目に見ながら、ジェイクは急いでさっき起こったことを考えた。
 館に入ると未来の記憶が消える。これはもう偶然ではないようだ。
 シャロンと交わした会話は、記憶にある限り最初の時と同じ。たぶんこれも間違いない。
 森を出て、デュランの顔を見たら記憶が戻るのだろうか。
 それとも、森を出たから消えてた魔法が戻る?

 未来を変えようと思っているのに、肝心な記憶が消えることに血の気が引いていた。二度とこの子を失うまいと決意しているのに、同じことを繰り返したら同じ未来にしかつながらないのではないだろうか。
 そう考えると背筋に冷たいものが流れる。

 ――絶対に嫌だ。

 思わず手に力が入ってしまったらしく、シャロンが怪訝そうにジェイクを見た。
 今二人の身長はほぼ同じくらいで、目線の高さが変わらないのが懐かしいと同時に新鮮だ。そのことに、ジェイクの胸の中がぽかぽかと温かくなってくる。

「ごめん、痛かった?」

「ううん。何かあった? あなた、怖い顔をしてたわよ?」

 その少しお姉さんぶった口調が可愛くて、大丈夫だよと答える。
 十年前なら大人ぶられたことにムッとして、怖いってなんだよとか、君こそ迷子になるなよとか、そんな感じのことを偉そうに言ってたんじゃないだろうか。今回は子どもっぽい反応を返さずに済んだことに、ちょっとだけ得意になった。

「あなた、本当に大丈夫?」

 まずい。無意識ににやけてたかも?
 シャロンの何か引いたような表情にあわてて周りを見渡す。

「あ、ほら。あそこの焼き菓子が美味しいって聞いたんだ。食べてみない?」

「焼き菓子?」

 思った通りシャロンの目がパッと輝いた。少し先の屋台から、甘い香りがここまで漂ってきている。
 時期は違うが、前も果実の入った焼き菓子をここで一緒に食べたのだ。以来、市が立った時はいっしょに焼き菓子を食べた。だから今回も同じにしようと思ったのだ。

「ほら、半分こ」

 少し大きめの菓子を二人で分けて、道の端にあった平らな石の上で一緒に食べる。そのほおばる様子も可愛い。

「おいしいね」

「うん」

 ――知らなかった。シャロンは子どもの頃も、こんなに可愛かったんだな。

 あの頃は女の子だと思ってなかった。
 いや、もちろん性別は分かっていたし大切な存在ではあったけど、あくまで妹みたいな感じだった(シャロンに言わせれば、ぼくのほうが弟だと言われそうだが)。

 館に行くと未来の記憶が消えることには、意味があるのだろうか?
 ミネルバに聞けばわかるかと考えたが、館に行ったら忘れてしまうので今は無理だ。

「ねえジェイク、あそこのリボンを見てもいい?」

 すっかり食べ終わったシャロンが、小間物を扱っている場所を指さす。

「いいよ、行こう」

 そうだ、シャロンはリボンやボタンみたいな、細々したものが好きだった。
 懐かしさと愛しさで目の奥がじんわり熱くなる。

「一本買ってあげようか?」

 ふと思いついて聞いてみると、シャロンは鼻にしわを寄せて「いらないわ」とすげない。

「何でもない日に贈り物をするなんて変よ」

「そうなの?」

「うん。それは大人になったら、あなたの恋人や奥さんにしてあげて」

 ――じゃあ、今君にしてもいいんじゃ?

 ジェイクはそう言いたくなったが、口には出さなかった。
 まだ早い。
 いつか恋人になってよなんて言っても、きっと彼女には通じない。
 そんなことを言ったら、下手すれば館ごと消えてしまうと気づきゾッとする。今の状態でそんなことになっては、彼女には二度と会えなくなるのだ。
 姉のシアには幼いころから婚約者がいたが、それはあくまで家の事情だ(しかもあんな小悪党になる男だと分かっていたら、父だって婚約させなかったに違いない)。恋人や婚約なんてことは、今のシャロンにはピンとこないだろう。
 前の時と同じことを繰り返してるのは、あの頃の出来事ひとつひとつが重要だったからなのだろうか。

 これから起こることに思いをはせ、今まで以上に気を付けようと決意した。

 ――シャロンとのこと以外に気を付ければ、きっと未来は変わるさ。あの悪党から家族を守れたように、きっと。

「うん、そうだね。そうする」

 そう答えたジェイクに、シャロンはお姉さんぶった表情でにっこりと笑った。