時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 シャロンの前にのほほーんと現れた少年は、今日も一人のようだ。小領地では、いいところのボンボンでも一人で出歩くものなのだろうか。今まで旅をした場所でも貴族とはあまりかかわったことがないが、いなかのせいか人々も呑気なのかもしれない。

「ジェイク?」

 あまりにも驚いて立ち尽くすシャロンに、ジェイクは少し不満そうな顔をした。今日の彼は二日前よりも簡素な服装だ。

「なんだよ。ぼくが会いに来たのに嬉しくないの? せっかく一緒に市《いち》に行こうって誘いに来たのに」

「え、あ、ううん、会えて嬉しい……って、市? えっ?」

 混乱したままうまく話せないなんて初めてだ。

 どうしてジェイクはまた来ることができたの?
 私から会いに行かないともう会えないと思ってたのに。
 だから本当は、こっそりジェイクのおうちを探そうかなって考えてたのに。
 私に会いに来てくれたの? 本当に? 本当にお友達になったの?
 しかも一緒に市に行こうって言った?

「市は今日までだろ? 父さんが今日は自由にしていいって、小遣いも少し持たせてくれたんだ」

 ジェイクは得意げに、昨日はその分たくさん働いたんだぜと言う。

「でも私、市にはこの前行ったし」

「見て歩くだけでも面白いじゃないか」

「だって、この前子どもの姿で行ったから……」

 シャロンは人のいるところには、同じ姿で続けて出ないようにしているのだ。今日市に行くとしたら、魔法で大人の姿にならなくてはならない。でもなんとなく今日はそうしたくなかった。

「なんだよ、嫌なの?」

「いやじゃ、ない」

 むしろ逆だ。
 渋々本音を答えると、ジェイクは満面の笑みになる。

「じゃあ支度しておいで。早く行こう!」

「うん!」

 とりあえず頭巾をかぶって髪をすっかり隠し、お金を少しポケットに入れる。

「じゃあミネルバ、行ってくるね」

「ええ、楽しんでらっしゃい」

 いつものように声をかけると、ミネルバが姿を見せずに返事を返した。

「今の声誰? お母さん?」

「うん、そんなところ」



 森を出ると、大きな黒い犬が二人を待っていた。

「デュラン!」

 ジェイクが呼ぶとトコトコとそばに寄ってきて、ぴたりと彼の隣につく。その優雅な姿にシャロンは感嘆の声をあげた。

「賢い子ね。それにすごく大きいわ!」

 小さい子どもなら、乗馬の練習さえできそうだ。
 ジェイクに撫でてもいいと言われたので、おそるおそるデュランの首のあたりに手を伸ばしてみる。そっと撫でてみると毛並みはやわらかく艶やかで、いくらでも撫でていられそうだ。デュランはおとなしくシャロンに撫でられてやろうと思ったのか、きちんとお座りをして「どうぞ?」とでも言うように首を伸ばした。

「うわぁ、可愛いわ、賢いわ。素敵ねデュラン。あなた、とってもハンサムよ」

 デュランに夢中になりながらジェイクに笑いかけると、彼はなぜか口元を押さえ真っ青になっている。

「やだっ、どうしたのジェイク」

 彼は目を見開き、まるで何か恐ろしいものでも見たかのようだ。

「どこか痛いの? おうちに帰る? ああ、それとも横になったほうがいいかしら」

「大丈夫。大丈夫だよ、シャロン」

「でも真っ青じゃない!」

「いや、本当に大丈夫」

 なぜかさっきまでより少し大人っぽくなったようなのは、やはりどこか痛いのを我慢してるから?

「本当に大丈夫。ちょっとね、大事なことを忘れてて」

 額に手を当てたシャロンの手首をそっと握って、ジェイクは笑った。

「もう思い出したから大丈夫だよ。さあ、市に行こう」

「う、うん」