時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

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 ふと目覚めると、外はまだ暗かった。

 カロンは静かに起き上がりながら、自分の頬が涙でぬれていたことに気付く。

 ――どうして泣いてたのかしら……。

 何か夢を見ていたのは覚えているが、内容はきれいに消えてしまった。ただ胸の奥に微かな痛みが残っていた……。悲しいというより、ほんのり甘くて胸が痛む。

 宮殿はまだ眠りの中だ。夜明け前のしんとした空気を乱さぬよう静かに着替えを済ませ、誰にも見つからないようそっと裸足で外へと抜けだした。
 気の向くまま歩き回り庭の一つにでると、徐々に空が明るくなっていく。風に乗って秋の花が甘い香りが漂っていた。

 夕べの宴は、月が高く上る前に退場した。王女が早めに退出するのは問題ないので助かる。
 ぼんやりしていると、ふと人の気配を感じた。周囲を見ると、前方に男が一人散歩と言った風情で歩いているのが見え、カロンはとっさに物陰に隠れた。

 ――あの人、昨日の……。

 ジェイク・ライクストン……といっただろうか。
 最後に応対した客人の護衛で、はじめにカロンのベールに口づけた男性だ。ネイディアの作法をよくわきまえているらしく、その優雅な所作に女官や侍女たちからの評価はすこぶる高かった。

 彼も目が覚めてしまったのだろうか。
 そっと覗いてみると、彼は長い髪は下ろしたまま、シャツも羽織っただけの姿で寛いでいるように見える。宮殿の中では護衛とはいえ武器の携帯は禁止だ。だがシャツからのぞく筋肉だけでも、彼が強い戦士であることは見て取れた。

 ふとカロンに気づいたらしいジェイクが一瞬ハッとした後、少し緊張したような笑みを見せるのがわかった。

「こんな時間にかくれんぼかい? それともぼくが、入ってはいけないところに来てしまったかな」

 のぞき見がばれたことと、うっかり客用のスペースに来てしまった気まずさで、カロンは頬が熱くなる。だが逃げるのもおかしいので渋々木の陰から出た。ドキドキしながら少しだけ歩み寄ると、自分が思っていたよりも彼の背が高いことに気付き、なぜか少しだけ不思議な気がした。

 ジェイクの気楽そうな口調に自分が王女だとはバレていないと確信し、カロンはあえて侍女風に一礼した。今は素顔で着飾ってもいない。夕べ少しだけ会っただけの王女が、こんな早朝に質素な服装でフラフラしてるとは誰も思わないだろう。
 そう思うとカロンは愉快に思い、少し余裕と好奇心が湧き出てきた。彼はこんな時間に何をしてたのだろう?

「いえ。ぼんやりして客人用の庭に迷い込んだのは私の方です。申し訳ございません。騎士様はお散歩ですか?」

 思い切ってそう尋ねると、ジェイクは優しく微笑んで肯定した。