時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

「姫様、お茶をお持ちいたしました。どうかされましたか?」

 侍女の一人がテーブルに冷たい茶を用意して、カロンに声をかけた。ボンヤリしていたカロンは彼女に心配ないと首を振りテーブルにつく。
 茶は爽やかな風味の香り茶だ。青に近い透明な緑色が目にも涼やかで、飲むとスーッとしたのどごしが心地良い。最近のカロンのお気に入りだった。

「姫様、もしまた具合が悪いようでしたらすぐに教えて下さいね」

「大丈夫です、ありがとう」

 姫と呼ばれる居心地の悪さを笑顔の下に隠し、カロンは窓の外を眺めながら茶を飲んだ。

 半年ほど前ひどい頭痛と共に目覚めると、カロンは見覚えのない部屋にいることに驚いた。自分が誰で、どうしてここにいるのかもわからないのだ。
 怯えるカロンに周囲の者たちは驚き、暴走した馬車に乗っていた王太子の息子を叔母(・・)であるカロンが助けて大怪我をしたのだと教えてくれた。事実頭や手足には包帯がぐるぐる巻きだったが、医師の腕がいいのか頭の傷はうまく髪に隠れたし、腕や足の傷もそれほど目立たなくなった。
 王太子の叔母。つまりカロンは王太子の妹であり、ここネイディア国王の末の娘なのだ。

 ――まったく覚えてないし、とても自分のことだとは思えないんだけど。

 この城で生まれ病弱だったカロンは、三歳から十七歳の誕生日を過ぎるまで、そのほとんどを城の中で過ごしたという。それが奇跡的に健康を回復し、家族で郊外へ遊びに行った時に事故が起こった。何かに驚いて暴走した馬車に共に乗っていた王子が車外に飛び出したところを、カロンが身を挺して守り大怪我をしたのだそうだ。
 せっかく健康になったのに危うく命を落とすところだったと、母である王妃に泣かれ、共に馬車に乗っていた王太子妃には、真っ青な顔で謝罪と感謝の言葉を言われた。王太子妃自身もケガを負っていた。

「助けられるものが助け、どちらも命が助かったのですから、それでいいのではないでしょうか」

 年上の女性に泣かれることにオロオロしたカロンがそう言うと、まわりからどよめきが起こりさらに怯える。以前からなのか、これがきっかけなのか、カロンの扱いはほぼ女神のようだ。居心地悪いことこの上ない。

 記憶はないものの、それは人に関することが殆どのようで、宮殿の中で迷子になることはない。物の名前も分かるし、作法も体が覚えている。
 だが常に人が周りにいて、かつ、かしずかれる状態が落ち着かないのは、今までカロンがほとんど病で臥せってたからだろうとのことだった。
 事実母や五人もいる姉とカロンは、金色の髪も煙るような青灰色の目もよく似ている。心労でカロン同様伏せることが多かったという王妃は、カロンの回復と共に健康を取り戻したと教えられれば、違和感はそっと自分のうちに隠すしかない。