時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 前世では遠話石を使うと彼女の声が耳元で聞こえ、すぐそばに感じられた。彼女と話せることがあまりにも当たり前だった。でも今はそれができないから、デュランにだけ自分が書いた手紙を読んで聞かせるようになった。彼女に語り掛けるように。

 彼女を守りたかった。
 だがそばにいてほしいのはジェイクのほうで、それはただのわがままだ。



 大領地での見習い期間は二年足らずで済み、大領主と騎士団長の推薦で王都に行くことになったのは十六歳の時だ。前より二年も早く正騎士に任命された。
 前世ではジェイクのために、シャロンが助けに駆けつけてきてくれた年だ。しかしことが大きくなる前に芽をつんでおいたので、大事にはいたらなかった。
 その功績と評価は大きかった。シャロンのまねごとをしただけなのに、だ。

「なあデュラン。もしあの時と同じことが起こったら、彼女に会えただろうか」

 デュランの毛を撫でながら独り言つ。
 だがそれはあり得ないことだ。わかっていながら流行り病を広がらせることなどできなかったし、もし前と同じことを繰り返しても、彼女は来ないだろう。

 シャロンのしたことをまねるために、ジェイクが使える数少ない魔法の力で知識を呼び出した。
 魔法には材料が必要で、万能ではない。
 ジェイクが持っているのは紅蓮の館にあった本の一部だ。
 呼び出せば水晶の板のような本が目の前に現れる。そこに現れる文字は難解で、学者でもスラスラ読めないらしい。
 魔法を過信されても困るため、ジェイクは人前では決して本は出さなかった。
 それはあくまで「英知をもたらす」ものなのだ。


 十七歳になると、王の末妹である王女殿下専属騎士の話も来たが、固く断った。本当は王に、ジェイクを王女の婿に迎えようという思惑があったらしいことは知っている。だがごめんだ。

 受け継ぐ領地がない今のジェイクが王女と結婚をすれば、ラゴン領よりも大きな土地を与えられるだろう。家族はきっと喜ぶ。
 王女は年上だが美しい女性だし、少々お転婆でわがままなところもあるが心根はやさしい。だがこの国のごく平均的な高貴な女性ではある王女は、視野の広さも知識も会話の楽しさも、シャロンの足下には到底及ばない。シャロンが特別過ぎるのだ。
 ジェイクは、可愛いだけの女では満足できない贅沢ものになっていたらしい。

「ぼくは妻をめとる気はないのですよ」

 王の話を蹴ったことを呆れる同僚にジェイクはそう言った。
 今となれば、後継ぎがいらない立場であることは幸いだ。今年山が火を噴く。事前の準備でやれるだけのことは全てやった。白き魔女を信頼している領民たちなら心配いらないだろう。

 王都にいる間、コンラッドには可愛がられた。
 前王弟の甥にあたり、ちょうど十歳年上の彼は面倒見の良い男だ。ジェイクは剣の腕が達者なだけではなく字の読み書きや計算ができ、作法や仕草も洗練されていたこともあって、とても重宝されたのだ。

 彼はデュラン以外にシャロンのことを唯一話せる相手になった。最初は話すことを拒否したのだ。だが気付くと彼女の手紙について話す仲になっていた。
 コンラッドは昨年結婚し、もうすぐ父親になる。彼の妻はどことなくシャロンに雰囲気の似た女性だった。

「あれから一度も会えてないのか?」