ソフィアは声を弾ませ、書類の山の中から一枚を引き抜いた。興奮を抑えきれない様子で、そのまま一気に言い切る。
「つまりね! 隣国の論文によると、ラックウッドの森に生息するカゼカゲソウには、保湿力に優れた成分と、肌にハリを与える成分が含まれていることが分かったの。その話を王妃様にしたら、ぜひ試してみたいから、早急に開発を進めてほしいっておっしゃってくださって!」
ラックウッドの森。あとは、隣国の論文。王妃様の要望もか。
しかも、早急に。
……はぁ……
「隣国の論文まで目を通しているのかい。さすがだな、ソフィア」
ウィリアムが素直に感嘆の声を上げる。
「王妃様をお待たせするわけにはいかないね。よし、すぐ取りかかろう!」
「……ちょっと待って」
二人の勢いを遮るように、私は口を開いた。
「ラックウッドの森に生息している、というだけでは駄目よ。正式な薬草採取の申請にも時間がかかるし、すぐに手に入るわけじゃない」
現実的な指摘だったはずだ。
けれど――。
ソフィアは一瞬きょとんとした顔をしたあと、すぐににっこりと微笑んだ。
「やだわ、フローリアったら。商会に頼まなくても、ラックウッドの森はここから二時間くらいでしょう?」
「そうだな。森に行き慣れているフローリアなら、すぐに見つけられるだろうし」
二人の視線が、自然と私に向いた。
「え……私が行くの? でも今日は……いえ、今週は少し立て込んでいて。どちらかが行ってくれれば――」
言い終わる前に、空気が変わったのが分かった。
「……フローリア?」
ウィリアムが、少し呆れたように言う。
「君の努力は評価しているけど、もう少し効率的に仕事をこなす方法を考えた方がいいぞ」
「そうね」
ソフィアも、もっともらしく頷いた。
「例えば、書類整理に時間をかけすぎると、他の重要な作業に支障が出るでしょう? まずは優先順位を見直して、緊急度の高いものから片付けるべきよ」
……なるほど。二人とも、行く気はないらしい。
ちなみに私の中で、今いちばん緊急度が低いのは、この共同開発なのだけれど……。
正直に言えば、この共同開発は、できれば関わりたくない。さらに言えば、王妃様に献上する美容液の開発そのものに、ほとんど興味が湧かないのだ。
ソフィアのように美容に強い関心があるわけでもない。
研究室で地道に積み重ねる研究や、医療用の薬品開発こそが、私のやりたい仕事だ。
そのために、わざわざ森へ出向いてカゼカゲソウを探し、美容液を作る。時間と労力を使う価値があるとは、どうしても思えなかった。
「……この美容液開発、役割分担を最初に決めてほしいわ」
そう言うと、ソフィアが、迷いのない声で言った。
「そうね。フローリアが薬草を採りに行っている間、私たちは他の材料を用意しておくわ!」
「王妃様に献上する品だ。容器にもこだわる必要があるな。その手配は、俺が引き受けよう」
前向きな二人のやる気と、割り振られた仕事の内容。そのあまりの釣り合わなさに、思わず溜め息が出そうになる。
「……薬剤の比率の計算は、誰がするの?」
私の問いに、ソフィアは即座に答えた。
「それは、フローリアが実験をしながら調整してくれるといいわ。もちろん、完成したものを試したり、効能の結果をまとめたりするのは任せて! 何でも手伝うわ」
そう言いながら、実験そのものを引き受ける気は、最初からないのだろう。
……つまり、実験の中心は私、ということね。
「薬草の乾燥や粉砕は、俺がやっておくよ。足りなくなったら、いつでも言ってくれ。サポートは惜しまないから」
ウィリアムも、力強くそう言った。
「……でも……」
反射的に口を開きかけて、私は言葉を飲み込んだ。二人の期待に満ちた視線を前にして、これ以上何を言っても無駄だと分かってしまったからだ。
私にとってこの開発が、どれほど煩わしく、どれほど本来の仕事から外れているか。どんな言葉を尽くしても、彼らには伝わらないだろう。
「よし、決まりね! じゃあ、さっそく取りかかりましょう」
「ああ、そうだな」
ソフィアの明るい声に、ウィリアムも迷いなく笑顔で応じる。
……手つかずの書類整理は、明日に回そう。
頼まれていたポーション作りは、断れるだろうか。
足りなくなっていた薬草の採取は、森へ行くついでに、済ませてしまおう。
そう考えながら、私は静かに息を吐いた。
そもそも、この開発を提案したのは私ではない。それなのに「サポート」とは、どういう意味なのだろう。
ラックウッドの森の奥深くに咲くカゼカゲソウ。
それが私の手でどんな効能を引き出すのか、薬師としての純粋な興味がないわけではない。
けれど。
理由を言葉にできないまま、胸の奥に小さな違和感が残る。見ないふりをして進めば、きっと後で困ると分かっているのに。
……ああ。やっぱり、心の深いところに、何かが引っかかっている。
「つまりね! 隣国の論文によると、ラックウッドの森に生息するカゼカゲソウには、保湿力に優れた成分と、肌にハリを与える成分が含まれていることが分かったの。その話を王妃様にしたら、ぜひ試してみたいから、早急に開発を進めてほしいっておっしゃってくださって!」
ラックウッドの森。あとは、隣国の論文。王妃様の要望もか。
しかも、早急に。
……はぁ……
「隣国の論文まで目を通しているのかい。さすがだな、ソフィア」
ウィリアムが素直に感嘆の声を上げる。
「王妃様をお待たせするわけにはいかないね。よし、すぐ取りかかろう!」
「……ちょっと待って」
二人の勢いを遮るように、私は口を開いた。
「ラックウッドの森に生息している、というだけでは駄目よ。正式な薬草採取の申請にも時間がかかるし、すぐに手に入るわけじゃない」
現実的な指摘だったはずだ。
けれど――。
ソフィアは一瞬きょとんとした顔をしたあと、すぐににっこりと微笑んだ。
「やだわ、フローリアったら。商会に頼まなくても、ラックウッドの森はここから二時間くらいでしょう?」
「そうだな。森に行き慣れているフローリアなら、すぐに見つけられるだろうし」
二人の視線が、自然と私に向いた。
「え……私が行くの? でも今日は……いえ、今週は少し立て込んでいて。どちらかが行ってくれれば――」
言い終わる前に、空気が変わったのが分かった。
「……フローリア?」
ウィリアムが、少し呆れたように言う。
「君の努力は評価しているけど、もう少し効率的に仕事をこなす方法を考えた方がいいぞ」
「そうね」
ソフィアも、もっともらしく頷いた。
「例えば、書類整理に時間をかけすぎると、他の重要な作業に支障が出るでしょう? まずは優先順位を見直して、緊急度の高いものから片付けるべきよ」
……なるほど。二人とも、行く気はないらしい。
ちなみに私の中で、今いちばん緊急度が低いのは、この共同開発なのだけれど……。
正直に言えば、この共同開発は、できれば関わりたくない。さらに言えば、王妃様に献上する美容液の開発そのものに、ほとんど興味が湧かないのだ。
ソフィアのように美容に強い関心があるわけでもない。
研究室で地道に積み重ねる研究や、医療用の薬品開発こそが、私のやりたい仕事だ。
そのために、わざわざ森へ出向いてカゼカゲソウを探し、美容液を作る。時間と労力を使う価値があるとは、どうしても思えなかった。
「……この美容液開発、役割分担を最初に決めてほしいわ」
そう言うと、ソフィアが、迷いのない声で言った。
「そうね。フローリアが薬草を採りに行っている間、私たちは他の材料を用意しておくわ!」
「王妃様に献上する品だ。容器にもこだわる必要があるな。その手配は、俺が引き受けよう」
前向きな二人のやる気と、割り振られた仕事の内容。そのあまりの釣り合わなさに、思わず溜め息が出そうになる。
「……薬剤の比率の計算は、誰がするの?」
私の問いに、ソフィアは即座に答えた。
「それは、フローリアが実験をしながら調整してくれるといいわ。もちろん、完成したものを試したり、効能の結果をまとめたりするのは任せて! 何でも手伝うわ」
そう言いながら、実験そのものを引き受ける気は、最初からないのだろう。
……つまり、実験の中心は私、ということね。
「薬草の乾燥や粉砕は、俺がやっておくよ。足りなくなったら、いつでも言ってくれ。サポートは惜しまないから」
ウィリアムも、力強くそう言った。
「……でも……」
反射的に口を開きかけて、私は言葉を飲み込んだ。二人の期待に満ちた視線を前にして、これ以上何を言っても無駄だと分かってしまったからだ。
私にとってこの開発が、どれほど煩わしく、どれほど本来の仕事から外れているか。どんな言葉を尽くしても、彼らには伝わらないだろう。
「よし、決まりね! じゃあ、さっそく取りかかりましょう」
「ああ、そうだな」
ソフィアの明るい声に、ウィリアムも迷いなく笑顔で応じる。
……手つかずの書類整理は、明日に回そう。
頼まれていたポーション作りは、断れるだろうか。
足りなくなっていた薬草の採取は、森へ行くついでに、済ませてしまおう。
そう考えながら、私は静かに息を吐いた。
そもそも、この開発を提案したのは私ではない。それなのに「サポート」とは、どういう意味なのだろう。
ラックウッドの森の奥深くに咲くカゼカゲソウ。
それが私の手でどんな効能を引き出すのか、薬師としての純粋な興味がないわけではない。
けれど。
理由を言葉にできないまま、胸の奥に小さな違和感が残る。見ないふりをして進めば、きっと後で困ると分かっているのに。
……ああ。やっぱり、心の深いところに、何かが引っかかっている。


