レモンパイが冷めるまで


晃は知夏が好きだ。


小学生の頃。
「好き」という気持ちの表現がわからなかった。

抱きつけば、わかってもらえる?
それとも、ちゅーすれば?

幼いながら、浅い“好き”という知識を探す。

でも、わからなかった。

だから、あんなことをした。


その日が誕生日の知夏の席には、一つの箱があった。

紙袋の中で揺れていた小さな箱。
リボンの結び目がやけにきれいで、
触れたらほどけてしまいそうだった。


「なにそれ」


軽い気持ちで言った。
からかうつもりで、びっくりさせるつもりで。


「それはね、」


どんなこと言われても、笑ってる知夏の驚いた顔を、見たかった。


手が滑ったのは、一瞬だった。


乾いた音がして、中身が床に散らばる。
散らばったそれは、色とりどりのクッキーと手紙。

手紙には、「お誕生日おめでとう」という言葉と、クラスメイトからのメッセージがあった。


——そうだ。
今日は知夏の誕生日だ。


ざわざわと教室が騒ぎ出す。


「うわ、晃なにやってんだよ!」
「晃くん、謝りなよ!」
「せんせーにいうよ!」


バケツをひっくり返したような非難の嵐で我に帰る。
後悔しても、遅かった。
喉まで出かかった言葉は、最後まで形にならなかった。

代わりに晃は笑って、「わざとじゃないし」と言ってしまう。

知夏は何も言わなかった。

怒らなかったし、泣きもしなかった。
ただ、箱を拾い集める手だけが、少し震えていた。



——ばかだ。

悲しませるつもりはなかった。
そんな顔、させるつもりはなかったのに。



その日から、謝るタイミングは失われたままだった。

数日後、知夏はいなくなった。
先生は「ご両親の事情で引っ越した」と言っていた。

理由を聞く前に。
「ごめん」を言う前に。


晃の中には、壊れたままの箱と、
言えなかった一言だけが、まだ残っている。