「お前は口煩い!そんな奴と生涯を誓えるか!」
本日、婚約者であるアーネスト・クライトンから婚約破棄を言い渡された。
***
私、シェンナ・ダウリングには生まれた時から前世の記憶が残っていた。
前世の私は、この世界とは別の世界で管理栄養士として働いていた。日々、色んな人の健康維持の為に食事の管理と指導を行っていた。
食事の制限というのは簡単そうに見えて実はそうではない。今まで食べていたものを制限されるのだから、当然と言えば当然だ。それでも、体を気遣い納得してもらえるように促すのがプロというもの。大変だったが、やりがいのある仕事だった。
仕事だからと他人の事ばかり気遣ってばかりいて、自分の体を蔑ろにしていたせいか、過労で倒れそのまま命を落としてしまった。……本末転倒にもほどがある。
まあ、そんな記憶があったおかげで、今世では自分の体も労わりつつをモットーに生きてきた。おかげで病気もなく、毎日を楽しく過ごしていた。
──そして、忘れもしない18歳の誕生日。
この日、婚約者であるアーネストと初めての顔合わせ。
侯爵家の次男であるアーネストだが、次男坊だろうと侯爵家。粗相があってはならないと、朝から屋敷中は慌ただしかった。
「アーネスト・クライントだ」
「……シェンナ・ダウリングです」
ブロンドの髪を靡かせてやって来たアーネスト。目鼻立ちの整った、俗に言われるイケメンと呼ばれる部類なのだろう。
だが、私の第一印象は随分傲慢な奴。モラハラ臭がプンプン臭ってくる。正直、コレはないなとは思ったが、貴族の婚約と言うのは親が決めたもの。私が嫌だと言って「はい、そうですか」と簡単に決めれる話でもない。
アーネストは5歳年上の23歳。この歳まで婚約者が見つからなかった理由が何となく分かってしまった。更に婚約に至った経緯も大方、焦った両親が手頃で素直に応じてくれそうなダウリング伯爵を選んだのだろうな。
侯爵家で甘やかされてぬくぬく育った次男坊だと言うのも要因だと思うが、もう少し育て方を考えた方が良かったのでは?と率直に思ってしまう。
ともあれ、こうなってしまったからにはやり遂げるしかない。引き攣る顔で精一杯の笑顔を作り、お茶を振舞った。
メニューとしては、屋敷の者たちの健康を考えて私が手間暇かけて作ったごぼう茶。効能は腸内環境改善、血糖値の急上昇抑制など。お茶請けにはニンジンをふんだんに練り込んだキャロットケーキ。β-カロテンが豊富なニンジンは免疫向上効果がある。もてなしとしては最高のものだった。
それをコイツは……
「なんだこれは!泥臭い!こんなもの飲めるか!それになんだこれは?ニンジン?は?婚約者に馬の餌を食わせるのか!」
お茶は一口、口に含んだだけで吹き出し、ケーキは嫌そうに顔を顰めながら食べるでもなく、フォークで突き刺して穴だらけ。
百歩譲って、ごぼう茶は好き嫌がはっきり分かれる代物。初めましての相手に出すのは違ったかな?と、その点については私も反省する。──が、キャロットケーキは単なる偏見による食べず嫌い。
「坊っちゃま、そのような態度はいけません!」
アーネストの側近の者が宥めるが、まったく聞く耳持っていない。
「シェンナ様、申し訳ありません。坊っちゃまは少々、偏食の気がありまして。野菜は勿論、果物や魚も気に入った物しか口にしないのです」
「それは貴方がたが甘やかしたせいですよね?」なんて物申したかったが、こちらが恐縮してしまうほど頭を下げられたら言えるものも言えなくなる。
当の坊っちゃまは何食わぬ顔で新しい茶を要求している。
「根はいい方なんです!本当です!少々偏食で我儘がすぎるというだけです!」
私の顔色を見て、必死に擁護して好感を上げようとしてくるが、その必死さが仇になってんだよなぁ。
前世で様々な人を相手にしてきたが、こういう子供のまま大人になった奴が一番面倒臭い。
しかしまあ、婚約者となってしまった以上、相手の健康と体調を無視する訳にもいかない。私の未来計画図は、家族共々健康。夫婦仲良く100歳まで現役が目標なのだ。
このままでは目標を達成する事はおろか、直近で倒れかねない。
シェンナはバンッ!と大きな音を立ててテーブルを叩きつけた。
「な、なんだ!?」
「貴方……このままでは死にますよ?」
「死……──ッはぁぁぁ!?」
射るような鋭い眼光を向けながら伝えると、一瞬だけ仰け反ったが、すぐに大声を上げてきた。
「お前!いくらなんでも無礼だぞ!」
「正論を言ったまでです。野菜を摂らない生活なんて寿命を縮めるだけ。私の婚約者となったからにはまずは健康管理を徹底致します。まずは、その偏った食事を改善いたしましょう」
──……と、こんな感じで始まった食育教育だったが……
ガシャンッ!!
「こんなもの食えるか!」
広間に皿の割れる音が響く。
アーネストが薄味で野菜中心の食卓に激昂。料理を壁目掛けて投げつけたのだ。
前世、糖尿病を患っていた患者に制限された食事を提供し、激昂しながらお盆ごとひっくり返されたのを思い出した。
まったく、料理一つにどれだけの人の手が加わっているのか知りもしないで、勿体ない……
子供の癇癪の方がまだ可愛げがある。
怒鳴りつけて従わせようとするモラハラ野郎にはこちらも手加減はしない。
「あれも嫌これも嫌……子供じゃあるまいし……ああ、失礼。子供でしたか」
嘲笑うように鼻で笑うと、目を吊り上げて言い返してくる。
「はぁ!?お前の方が子供だろうが!」
見た目は18歳の小娘だが、中身は30歳目前のアラサーだ。人生経験もこちらの方が上。
「年齢の事じゃありませんよ。中身の問題です。好き嫌いで癇癪を起こすなんて、もはや赤子……いや、猿以下ですよ?」
「なッ!」
「文句をいうのならせめて人間レベルに成長してから仰ってください」
ギロッと睨みつけながら言えば、悔しそうに爪を噛みながら黙った。
(勝った)
そう思いながらほくそ笑んだ。
***
その後、蔑視と脅しを含めた警告を繰り返すこと早一年。
──私は彼の本質を見誤っていた。
「何故だ!!」
ダンッと机に頭をぶつける勢いで突っ伏した。
「どんなに頑固な患者でも数日脅せ……教育すれば大人しくなったのに!」
アーネストがこの一年で変わった事と言えば、料理長に媚びを売る為に愛想がよくなったことぐらい。この無駄なスキルを身につけたせいで料理長はアーネストのお願いされるままに料理を提供。当然、料理長には再三注意している。
「すまない!分かっているんだ!分かってはいるんだが、可愛い坊ちゃんのお願いはどうしても無下には出来なくて……」
赤ん坊の頃から成長をこの目で見てきた料理長には様々な情がある。こうなると、やはり本人に言い聞かせるしかない。こちらも栄養士としての意地がある。ここまで来たら何が何でも改善させてやると意気込んで数日。
「いい加減にしろ!お前はなんなんだ!?俺の母親か!?」
「いいえ。婚約者です」
ここ数日、朝から晩まで付きっきりで指導した結果、限界を迎えたアーネストに怒鳴られた。
そして──……
「お前は口煩い!そんな奴と生涯を誓えるか!貴様との婚約なんか白紙だ!」
こうして散々世話してやったのにも関わらず、婚約破棄を言い渡された。
本日、婚約者であるアーネスト・クライトンから婚約破棄を言い渡された。
***
私、シェンナ・ダウリングには生まれた時から前世の記憶が残っていた。
前世の私は、この世界とは別の世界で管理栄養士として働いていた。日々、色んな人の健康維持の為に食事の管理と指導を行っていた。
食事の制限というのは簡単そうに見えて実はそうではない。今まで食べていたものを制限されるのだから、当然と言えば当然だ。それでも、体を気遣い納得してもらえるように促すのがプロというもの。大変だったが、やりがいのある仕事だった。
仕事だからと他人の事ばかり気遣ってばかりいて、自分の体を蔑ろにしていたせいか、過労で倒れそのまま命を落としてしまった。……本末転倒にもほどがある。
まあ、そんな記憶があったおかげで、今世では自分の体も労わりつつをモットーに生きてきた。おかげで病気もなく、毎日を楽しく過ごしていた。
──そして、忘れもしない18歳の誕生日。
この日、婚約者であるアーネストと初めての顔合わせ。
侯爵家の次男であるアーネストだが、次男坊だろうと侯爵家。粗相があってはならないと、朝から屋敷中は慌ただしかった。
「アーネスト・クライントだ」
「……シェンナ・ダウリングです」
ブロンドの髪を靡かせてやって来たアーネスト。目鼻立ちの整った、俗に言われるイケメンと呼ばれる部類なのだろう。
だが、私の第一印象は随分傲慢な奴。モラハラ臭がプンプン臭ってくる。正直、コレはないなとは思ったが、貴族の婚約と言うのは親が決めたもの。私が嫌だと言って「はい、そうですか」と簡単に決めれる話でもない。
アーネストは5歳年上の23歳。この歳まで婚約者が見つからなかった理由が何となく分かってしまった。更に婚約に至った経緯も大方、焦った両親が手頃で素直に応じてくれそうなダウリング伯爵を選んだのだろうな。
侯爵家で甘やかされてぬくぬく育った次男坊だと言うのも要因だと思うが、もう少し育て方を考えた方が良かったのでは?と率直に思ってしまう。
ともあれ、こうなってしまったからにはやり遂げるしかない。引き攣る顔で精一杯の笑顔を作り、お茶を振舞った。
メニューとしては、屋敷の者たちの健康を考えて私が手間暇かけて作ったごぼう茶。効能は腸内環境改善、血糖値の急上昇抑制など。お茶請けにはニンジンをふんだんに練り込んだキャロットケーキ。β-カロテンが豊富なニンジンは免疫向上効果がある。もてなしとしては最高のものだった。
それをコイツは……
「なんだこれは!泥臭い!こんなもの飲めるか!それになんだこれは?ニンジン?は?婚約者に馬の餌を食わせるのか!」
お茶は一口、口に含んだだけで吹き出し、ケーキは嫌そうに顔を顰めながら食べるでもなく、フォークで突き刺して穴だらけ。
百歩譲って、ごぼう茶は好き嫌がはっきり分かれる代物。初めましての相手に出すのは違ったかな?と、その点については私も反省する。──が、キャロットケーキは単なる偏見による食べず嫌い。
「坊っちゃま、そのような態度はいけません!」
アーネストの側近の者が宥めるが、まったく聞く耳持っていない。
「シェンナ様、申し訳ありません。坊っちゃまは少々、偏食の気がありまして。野菜は勿論、果物や魚も気に入った物しか口にしないのです」
「それは貴方がたが甘やかしたせいですよね?」なんて物申したかったが、こちらが恐縮してしまうほど頭を下げられたら言えるものも言えなくなる。
当の坊っちゃまは何食わぬ顔で新しい茶を要求している。
「根はいい方なんです!本当です!少々偏食で我儘がすぎるというだけです!」
私の顔色を見て、必死に擁護して好感を上げようとしてくるが、その必死さが仇になってんだよなぁ。
前世で様々な人を相手にしてきたが、こういう子供のまま大人になった奴が一番面倒臭い。
しかしまあ、婚約者となってしまった以上、相手の健康と体調を無視する訳にもいかない。私の未来計画図は、家族共々健康。夫婦仲良く100歳まで現役が目標なのだ。
このままでは目標を達成する事はおろか、直近で倒れかねない。
シェンナはバンッ!と大きな音を立ててテーブルを叩きつけた。
「な、なんだ!?」
「貴方……このままでは死にますよ?」
「死……──ッはぁぁぁ!?」
射るような鋭い眼光を向けながら伝えると、一瞬だけ仰け反ったが、すぐに大声を上げてきた。
「お前!いくらなんでも無礼だぞ!」
「正論を言ったまでです。野菜を摂らない生活なんて寿命を縮めるだけ。私の婚約者となったからにはまずは健康管理を徹底致します。まずは、その偏った食事を改善いたしましょう」
──……と、こんな感じで始まった食育教育だったが……
ガシャンッ!!
「こんなもの食えるか!」
広間に皿の割れる音が響く。
アーネストが薄味で野菜中心の食卓に激昂。料理を壁目掛けて投げつけたのだ。
前世、糖尿病を患っていた患者に制限された食事を提供し、激昂しながらお盆ごとひっくり返されたのを思い出した。
まったく、料理一つにどれだけの人の手が加わっているのか知りもしないで、勿体ない……
子供の癇癪の方がまだ可愛げがある。
怒鳴りつけて従わせようとするモラハラ野郎にはこちらも手加減はしない。
「あれも嫌これも嫌……子供じゃあるまいし……ああ、失礼。子供でしたか」
嘲笑うように鼻で笑うと、目を吊り上げて言い返してくる。
「はぁ!?お前の方が子供だろうが!」
見た目は18歳の小娘だが、中身は30歳目前のアラサーだ。人生経験もこちらの方が上。
「年齢の事じゃありませんよ。中身の問題です。好き嫌いで癇癪を起こすなんて、もはや赤子……いや、猿以下ですよ?」
「なッ!」
「文句をいうのならせめて人間レベルに成長してから仰ってください」
ギロッと睨みつけながら言えば、悔しそうに爪を噛みながら黙った。
(勝った)
そう思いながらほくそ笑んだ。
***
その後、蔑視と脅しを含めた警告を繰り返すこと早一年。
──私は彼の本質を見誤っていた。
「何故だ!!」
ダンッと机に頭をぶつける勢いで突っ伏した。
「どんなに頑固な患者でも数日脅せ……教育すれば大人しくなったのに!」
アーネストがこの一年で変わった事と言えば、料理長に媚びを売る為に愛想がよくなったことぐらい。この無駄なスキルを身につけたせいで料理長はアーネストのお願いされるままに料理を提供。当然、料理長には再三注意している。
「すまない!分かっているんだ!分かってはいるんだが、可愛い坊ちゃんのお願いはどうしても無下には出来なくて……」
赤ん坊の頃から成長をこの目で見てきた料理長には様々な情がある。こうなると、やはり本人に言い聞かせるしかない。こちらも栄養士としての意地がある。ここまで来たら何が何でも改善させてやると意気込んで数日。
「いい加減にしろ!お前はなんなんだ!?俺の母親か!?」
「いいえ。婚約者です」
ここ数日、朝から晩まで付きっきりで指導した結果、限界を迎えたアーネストに怒鳴られた。
そして──……
「お前は口煩い!そんな奴と生涯を誓えるか!貴様との婚約なんか白紙だ!」
こうして散々世話してやったのにも関わらず、婚約破棄を言い渡された。



