12月。期末テストが終わって、町は勝手に年末モードで浮かれている。駅前のイルミネーションはピカピカで、コンビニの入口には小さいサンタが立っている。どこからか、クリスマスの曲まで流れてくる。
中学2年生ともなると、そんな浮ついた町に男女で繰り出していって、青春の1ページどころか2ページ3ページ埋めてもおかしくない。
なのに、あたしは自分の部屋で、ベッドに転がっていた。
スマホを握ったまま、天井を見上げる。白い天井って、見つめているとだんだん遠くなる。ゆくゆくは宇宙まで広がっていく。宇宙なら、今の気持ちもどこかに放り投げられるのに。
……いや、無理だ。だって、重くて持ち上げることすらできないんだもん。
テストは終わった。赤点だろうが、平均点だろうが、終わったものは終わった。見直しプリントが返ってきたときに泣けばいい。
でも。
“あの人”の前で、普通にしゃべるのって、なんであんなに難しいの。
普通に、だよ? 大気圏突破みたいな大技じゃなくて、「おはよう」って言うだけでいいのに。
今日も、話しかけられなかった。
正確に言うと、話しかけようとはした。何回も。朝に教室に入ってきたときとか、授業前にプリントを配ってるときとか、お昼休みに廊下ですれ違ったときとか。タイミングはいっぱいあった。
でも、そのたびに喉がきゅってなる。
声って、いつも口の中にあるはずなのに、あの人の前だとどこかに隠れちゃう。
かくれんぼ上手すぎない?
きっときゅってなった喉の奥にいるんだろうけど、ビビりなあたしは確かめることができないでいる。
ベッドの上で、あたしは仰向けのまま、スマホを持ち上げた。画面の光が顔に当たる。こういうときだけ、スマホってやけに元気だ。
誰かに言わないと、頭の中がぐるぐるして、勝手に大事件になっちゃう。このまま同じクラスの間に話すことができなくて、3年生で別のクラスになってからも話しかける機会をうかがって廊下をうろうろして不審者として通報されて学校退学になって悪いことに手を染めて大犯罪者として名をはせて――大事件って、だいたい「考えすぎ」でできてる。
だから、柚木もも。小学校からの友だちで、中学から私立に行った子。話すと、なんでも「まあいっか」になりそうな声をしてる。あたしの避難場所。
トーク画面を開くと、ももとの会話が出てきた。最後のやりとりは、昨日の「テストどうだった?」と「死んだ」だ。二人して死んだ死んだって、ゾンビ同士で話してる。
あたしは入力欄に指を置いた。
文章を考える。重くしない。重くしない。ももは笑ってくれるから、あたしも笑って送る。
――よし。
あたしは、勢いで打った。
「ねぇ~もぉ~もぉ~、今日も話しかけられなかったんだけど!」
「ホントにさ~、どうして声が出ないの、あたし」
送信ボタンの手前で、ほんの一秒、指が止まった。
これ、恥ずかしくない? いや、恥ずかしいけど、恥ずかしいからこそ送る。ももなら大丈夫。ももは「名前を呼んだのか不満の“もう”なのかどっち?」って返してくる。たぶん。
その瞬間。
「――あかりー! ごはんできたよー!」
ドアの向こうから、お母さんの大きな声が飛んできた。
「はーい!」
あたしは反射で返事をする。お母さんゆずりの大きな声。
どうしてあの人の前では出ないんだろう。こんなに威勢がいいのに。
ベッドから起き上がって、ドアの方に体を向ける。
あっ、先にチャット送っておくか。
送っておいて、ごはん食べつつ、ももの返事を待つ。それが今日の回復ルート。
画面に視線を戻したあたしは、入力欄が空になっているのを見た。
あれ? 起き上がったときに、変なとこ押しちゃったかな。
深く考えずに、ぱぱぱっと親指を動かしてさっきのチャットを打つ。
送信。
ポポン、と軽い音が鳴った。
……次の瞬間、あたしの体が固まった。
画面の上の宛先が。
ももじゃない。
見慣れたアイコンが並んでいる。クラスのグループ。2年3組の、スマホ持ってる子たちのグルチャ。
そこに、さっきの文章が、堂々と表示されていた。
「ねぇ~もぉ~もぉ~、今日も話しかけられなかったんだけど!」
「ホントにさ~、どうして声が出ないの、あたし」
あたしの頭の中で、何かが「ぴきっ」と音を立てた。
心臓が止まった、ってこういうこと?
いや、止まってない。むしろ、今までで一番動いている。
だって。
今、あたしの恋の悩みが。
クラスのグルチャに。
送られた。
中学2年生ともなると、そんな浮ついた町に男女で繰り出していって、青春の1ページどころか2ページ3ページ埋めてもおかしくない。
なのに、あたしは自分の部屋で、ベッドに転がっていた。
スマホを握ったまま、天井を見上げる。白い天井って、見つめているとだんだん遠くなる。ゆくゆくは宇宙まで広がっていく。宇宙なら、今の気持ちもどこかに放り投げられるのに。
……いや、無理だ。だって、重くて持ち上げることすらできないんだもん。
テストは終わった。赤点だろうが、平均点だろうが、終わったものは終わった。見直しプリントが返ってきたときに泣けばいい。
でも。
“あの人”の前で、普通にしゃべるのって、なんであんなに難しいの。
普通に、だよ? 大気圏突破みたいな大技じゃなくて、「おはよう」って言うだけでいいのに。
今日も、話しかけられなかった。
正確に言うと、話しかけようとはした。何回も。朝に教室に入ってきたときとか、授業前にプリントを配ってるときとか、お昼休みに廊下ですれ違ったときとか。タイミングはいっぱいあった。
でも、そのたびに喉がきゅってなる。
声って、いつも口の中にあるはずなのに、あの人の前だとどこかに隠れちゃう。
かくれんぼ上手すぎない?
きっときゅってなった喉の奥にいるんだろうけど、ビビりなあたしは確かめることができないでいる。
ベッドの上で、あたしは仰向けのまま、スマホを持ち上げた。画面の光が顔に当たる。こういうときだけ、スマホってやけに元気だ。
誰かに言わないと、頭の中がぐるぐるして、勝手に大事件になっちゃう。このまま同じクラスの間に話すことができなくて、3年生で別のクラスになってからも話しかける機会をうかがって廊下をうろうろして不審者として通報されて学校退学になって悪いことに手を染めて大犯罪者として名をはせて――大事件って、だいたい「考えすぎ」でできてる。
だから、柚木もも。小学校からの友だちで、中学から私立に行った子。話すと、なんでも「まあいっか」になりそうな声をしてる。あたしの避難場所。
トーク画面を開くと、ももとの会話が出てきた。最後のやりとりは、昨日の「テストどうだった?」と「死んだ」だ。二人して死んだ死んだって、ゾンビ同士で話してる。
あたしは入力欄に指を置いた。
文章を考える。重くしない。重くしない。ももは笑ってくれるから、あたしも笑って送る。
――よし。
あたしは、勢いで打った。
「ねぇ~もぉ~もぉ~、今日も話しかけられなかったんだけど!」
「ホントにさ~、どうして声が出ないの、あたし」
送信ボタンの手前で、ほんの一秒、指が止まった。
これ、恥ずかしくない? いや、恥ずかしいけど、恥ずかしいからこそ送る。ももなら大丈夫。ももは「名前を呼んだのか不満の“もう”なのかどっち?」って返してくる。たぶん。
その瞬間。
「――あかりー! ごはんできたよー!」
ドアの向こうから、お母さんの大きな声が飛んできた。
「はーい!」
あたしは反射で返事をする。お母さんゆずりの大きな声。
どうしてあの人の前では出ないんだろう。こんなに威勢がいいのに。
ベッドから起き上がって、ドアの方に体を向ける。
あっ、先にチャット送っておくか。
送っておいて、ごはん食べつつ、ももの返事を待つ。それが今日の回復ルート。
画面に視線を戻したあたしは、入力欄が空になっているのを見た。
あれ? 起き上がったときに、変なとこ押しちゃったかな。
深く考えずに、ぱぱぱっと親指を動かしてさっきのチャットを打つ。
送信。
ポポン、と軽い音が鳴った。
……次の瞬間、あたしの体が固まった。
画面の上の宛先が。
ももじゃない。
見慣れたアイコンが並んでいる。クラスのグループ。2年3組の、スマホ持ってる子たちのグルチャ。
そこに、さっきの文章が、堂々と表示されていた。
「ねぇ~もぉ~もぉ~、今日も話しかけられなかったんだけど!」
「ホントにさ~、どうして声が出ないの、あたし」
あたしの頭の中で、何かが「ぴきっ」と音を立てた。
心臓が止まった、ってこういうこと?
いや、止まってない。むしろ、今までで一番動いている。
だって。
今、あたしの恋の悩みが。
クラスのグルチャに。
送られた。
