「久しいな」
クイール女王は、以前と変わらない余裕のある笑みで、私に言葉をかけてきた。
私はだいぶ前の記憶を掘り起こしながら、
以前と同じように膝を曲げ、最上級の挨拶をする。
「お久しぶりです、女王様。
ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした」
「そうだな。
本来なら、戻ってきた時点で、私に挨拶があるべきだったな」
女王は鋭い目つきで、私を見る。
「本当にすみませんでした。
あ、あの……」
やばい。
そうよね。
あれだけ世話になっていて、
まさか牢屋に入れられるとか……。
最悪の状況が頭に浮かび、
私は青くなって言葉に詰まる。
すると、
「だが、まあ、わからなくもないがな」
と、女王はふっと笑った。
「その姿が、本来のお前の姿というわけか」
「は、はい。
あの、その……あの姿は、私が女神様にお願いした理想の女性の姿でしたから。
その、悪気はなくて……」
思いつく言い訳を、つらつらと並べ立てる。
「別に、姿が違うことを怒っているわけではない。
そもそも、お前は最初から姿を偽っていると申していたではないか」
「……そういえば、そうでした」
「カフスをつけているということは、
髪の色などは黒いのが本物のようだな」
興味深そうに、私を見つめてくる。
「あ、はい……」
そう言われて、慌ててカフスを耳から外す。
髪の色も、目の色も、元の色へと戻った。
「もともと、私のいた国では、この色は一般的ですから」
黒く戻った自分の髪に触れながら、そう答える。
「その姿には、人前でなくとも、なるべく戻らないようにな。
お前もわかっていると思うが、
たとえ容姿が目立たずとも、黒いというだけで目を引く。
どこで誰が見ているとも限らないからな」
「あ、はい。わかっています」
そう言ってから、カフスをつけ直す。
「あの、私は――」
自分の処遇について口にしようとした、そのとき。
隣で、今まで黙っていたニイス大臣が口を開いた。
「美桜。
今後は、城の使用人として働いてもらうこととなった。
もちろん、お前の希望通り、ミオとしてだ」
「何かあったときに、すぐ対応できる。
そのほうがよい、とのクイール様のご配慮でな」
私にとっては、
本当に申し訳ないくらい幸運な命令だった。
「あの……いいのですか?」
驚いて、思わず聞き返してしまう。
「何がだ?
これは命令だぞ、美桜」
「それと、わかっていると思うが、
今後お前は、ただの使用人だ。
立場をわきまえるように」
「あ、はい。
それはもちろん、わかっています」
「置いていただけるだけで、十分です。
どんな仕事でも、頑張って勤めさせていただきます」
そう言って、
私は再び女王様に頭を下げた。
「それと――」
クイール女王が、どこか楽しげに言う。
「お前は以前、レイスと恋仲であったな」
顔が、一気に熱くなる。
止められない。
「あの、その……
私が勝手にお慕いしているのは本当ですけど……」
「その、レイスさんは、以前の私に好意を持ってくださっていただけで……
今は、全然そういうのはありませんし……」
「そ、それに、以前も別に、そういう仲では……」
最後は、尻すぼみになっていた。
それでも、
自分でもかなりダメージを受ける言葉を、
なんとか口に出す。
「そうか。ならいい」
女王は、あっさりと言った。
「レイスは、この国にとって、替えのきかない、貴重で優秀な人材だ」
「どこの馬の骨とも限らない娘に、
くれてやるわけにはいかないからな」
――つまり。
レイスさんと恋仲にならないよう、
釘を刺されたのだ。
身分違いの恋。
確かに、両思いであれば問題になるかもしれない。
けれど、今の私は、ただの一方的な片思いだ。
私が想いを口にしない限り、
問題になることはない。
もし、口にしてしまえば――
あのレイスさんのことだ。
責任を取ろうとして、
そうならないことも、ないとは思う。
だからこそ。
私は、この気持ちを口にすることは、絶対にない。
ただ、もう少し。
ほんの、もうちょっとだけ。
レイスさんに、甘えていてもいいだろうか。
せめて、あと半年くらい。
その頃には、
きちんと彼に、決別の言葉を言うつもりだ。
私の人生は、
もしかしたら短いかもしれない。
でも、ものすごく長生きするかもしれない。
もし長生きであれば、
これからの人生の大半を、
一人で歩んでいくことになる。
だからこそ、
一生の思い出が、この姿でほしかった。
なんて自分勝手な考えだと、わかっている。
それでも。
私は、彼といたいから、ここにとどまった。
この国の助けとなった、そのご褒美くらいは――
もらっても、いいのではないだろうか。
私は、
私自身と、女王様に、
心の中でそっと言い訳をした。
________________________________________
クイールは、美桜が退出した後も、しばらくその場に留まっていた。
二十七歳。
まだまだ若い。
それは、間違いない。
だが、
あの年頃特有の軽さは、ほとんど感じられなかった。
(あの娘は、相変わらずだな)
身分を捨て、
力を手放し、
それでもなお、誰かのそばにいることを選ぶ。
簡単な選択ではない。
特に、あの娘の立場を思えば、なおさらだ。
視線を横に向けると、
控えていたニイス大臣が、静かに待っていた。
「……厳しすぎたか?」
「いえ」
短く、しかし即座に返る。
クイールは、小さく息を吐いた。
「否定するつもりはない。
ただ――見ておきたかっただけだ」
若い想いは、
守られすぎれば脆くなる。
逆に、
少しの距離と、少しの制限があれば、
自分の足で立つことを覚える。
レイスは、この国にとって大切な存在だ。
美桜もまた、この国に少なからず尽くしてくれた。
だからこそ、
軽々しく背中を押すつもりはなかった。
(それでも……)
二人が惹かれ合うこと自体は、
自然な流れだ。
咎める理由はない。
「せめて、自分達で選べ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
悩み、迷い、
それでも手を取るのか、離すのか。
その答えだけは、
王であっても、決めてやれない。
クイールは、
ほんの少しだけ柔らいだ表情で、玉座を立った。
クイール女王は、以前と変わらない余裕のある笑みで、私に言葉をかけてきた。
私はだいぶ前の記憶を掘り起こしながら、
以前と同じように膝を曲げ、最上級の挨拶をする。
「お久しぶりです、女王様。
ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした」
「そうだな。
本来なら、戻ってきた時点で、私に挨拶があるべきだったな」
女王は鋭い目つきで、私を見る。
「本当にすみませんでした。
あ、あの……」
やばい。
そうよね。
あれだけ世話になっていて、
まさか牢屋に入れられるとか……。
最悪の状況が頭に浮かび、
私は青くなって言葉に詰まる。
すると、
「だが、まあ、わからなくもないがな」
と、女王はふっと笑った。
「その姿が、本来のお前の姿というわけか」
「は、はい。
あの、その……あの姿は、私が女神様にお願いした理想の女性の姿でしたから。
その、悪気はなくて……」
思いつく言い訳を、つらつらと並べ立てる。
「別に、姿が違うことを怒っているわけではない。
そもそも、お前は最初から姿を偽っていると申していたではないか」
「……そういえば、そうでした」
「カフスをつけているということは、
髪の色などは黒いのが本物のようだな」
興味深そうに、私を見つめてくる。
「あ、はい……」
そう言われて、慌ててカフスを耳から外す。
髪の色も、目の色も、元の色へと戻った。
「もともと、私のいた国では、この色は一般的ですから」
黒く戻った自分の髪に触れながら、そう答える。
「その姿には、人前でなくとも、なるべく戻らないようにな。
お前もわかっていると思うが、
たとえ容姿が目立たずとも、黒いというだけで目を引く。
どこで誰が見ているとも限らないからな」
「あ、はい。わかっています」
そう言ってから、カフスをつけ直す。
「あの、私は――」
自分の処遇について口にしようとした、そのとき。
隣で、今まで黙っていたニイス大臣が口を開いた。
「美桜。
今後は、城の使用人として働いてもらうこととなった。
もちろん、お前の希望通り、ミオとしてだ」
「何かあったときに、すぐ対応できる。
そのほうがよい、とのクイール様のご配慮でな」
私にとっては、
本当に申し訳ないくらい幸運な命令だった。
「あの……いいのですか?」
驚いて、思わず聞き返してしまう。
「何がだ?
これは命令だぞ、美桜」
「それと、わかっていると思うが、
今後お前は、ただの使用人だ。
立場をわきまえるように」
「あ、はい。
それはもちろん、わかっています」
「置いていただけるだけで、十分です。
どんな仕事でも、頑張って勤めさせていただきます」
そう言って、
私は再び女王様に頭を下げた。
「それと――」
クイール女王が、どこか楽しげに言う。
「お前は以前、レイスと恋仲であったな」
顔が、一気に熱くなる。
止められない。
「あの、その……
私が勝手にお慕いしているのは本当ですけど……」
「その、レイスさんは、以前の私に好意を持ってくださっていただけで……
今は、全然そういうのはありませんし……」
「そ、それに、以前も別に、そういう仲では……」
最後は、尻すぼみになっていた。
それでも、
自分でもかなりダメージを受ける言葉を、
なんとか口に出す。
「そうか。ならいい」
女王は、あっさりと言った。
「レイスは、この国にとって、替えのきかない、貴重で優秀な人材だ」
「どこの馬の骨とも限らない娘に、
くれてやるわけにはいかないからな」
――つまり。
レイスさんと恋仲にならないよう、
釘を刺されたのだ。
身分違いの恋。
確かに、両思いであれば問題になるかもしれない。
けれど、今の私は、ただの一方的な片思いだ。
私が想いを口にしない限り、
問題になることはない。
もし、口にしてしまえば――
あのレイスさんのことだ。
責任を取ろうとして、
そうならないことも、ないとは思う。
だからこそ。
私は、この気持ちを口にすることは、絶対にない。
ただ、もう少し。
ほんの、もうちょっとだけ。
レイスさんに、甘えていてもいいだろうか。
せめて、あと半年くらい。
その頃には、
きちんと彼に、決別の言葉を言うつもりだ。
私の人生は、
もしかしたら短いかもしれない。
でも、ものすごく長生きするかもしれない。
もし長生きであれば、
これからの人生の大半を、
一人で歩んでいくことになる。
だからこそ、
一生の思い出が、この姿でほしかった。
なんて自分勝手な考えだと、わかっている。
それでも。
私は、彼といたいから、ここにとどまった。
この国の助けとなった、そのご褒美くらいは――
もらっても、いいのではないだろうか。
私は、
私自身と、女王様に、
心の中でそっと言い訳をした。
________________________________________
クイールは、美桜が退出した後も、しばらくその場に留まっていた。
二十七歳。
まだまだ若い。
それは、間違いない。
だが、
あの年頃特有の軽さは、ほとんど感じられなかった。
(あの娘は、相変わらずだな)
身分を捨て、
力を手放し、
それでもなお、誰かのそばにいることを選ぶ。
簡単な選択ではない。
特に、あの娘の立場を思えば、なおさらだ。
視線を横に向けると、
控えていたニイス大臣が、静かに待っていた。
「……厳しすぎたか?」
「いえ」
短く、しかし即座に返る。
クイールは、小さく息を吐いた。
「否定するつもりはない。
ただ――見ておきたかっただけだ」
若い想いは、
守られすぎれば脆くなる。
逆に、
少しの距離と、少しの制限があれば、
自分の足で立つことを覚える。
レイスは、この国にとって大切な存在だ。
美桜もまた、この国に少なからず尽くしてくれた。
だからこそ、
軽々しく背中を押すつもりはなかった。
(それでも……)
二人が惹かれ合うこと自体は、
自然な流れだ。
咎める理由はない。
「せめて、自分達で選べ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
悩み、迷い、
それでも手を取るのか、離すのか。
その答えだけは、
王であっても、決めてやれない。
クイールは、
ほんの少しだけ柔らいだ表情で、玉座を立った。
