西の森は、静かだった。
鳥の声も、風の音も、どこか遠い。
魔物が潜む場所特有の、張りつめた沈黙が広がっている。
「――来るな」
低く抑えた声が前方から飛んだ。
この部隊の隊長だ。
次の瞬間、木々の陰が揺れ、
濁った気配が一斉に広がる。
「右、二体。距離近い」
後方の仲間が即座に報告する。
「左も動いた。三、いや四だ」
短いやり取り。
それだけで、全員が状況を把握した。
「陣形そのまま。
レイス、前を切れ」
迷いのない指示。
レイスは答えず、
剣に手をかけたまま、一歩前に出る。
最初に踏み込み、
敵の意識を引きつける。
それが、彼に任された役割だった。
最初の魔物が飛び出した瞬間、
レイスは地を蹴った。
剣が閃き、
鈍い衝撃が腕に返る。
硬い外皮。
だが、止まらない。
斬撃で体勢を崩し、
すれ違いざまに刃を滑り込ませる。
魔物が吠えた、その直後――
「今だ」
部隊長の声と同時に、
背後から魔力の衝撃が叩き込まれた。
動きを封じられた魔物の首元へ、
別の仲間が迷いなく踏み込む。
一撃。
確実な急所。
倒れる音が地に響く前に、
次の影が動いた。
「来るぞ、間合い注意」
レイスは振り返らない。
視界の端で、仲間の位置を捉える。
前で受け、
前で切り、
背後に隙を作らない。
二体目が襲いかかる。
横薙ぎの爪を、剣で弾き、
そのまま踏み込んで間合いを潰す。
だが、深追いはしない。
「下がれ」
部隊長の短い制止。
レイスは即座に一歩引く。
空いた位置に、
仲間の斬撃が走る。
魔物が地に伏し、
残る気配が一つ、奥へと退いた。
「追うな。封印優先だ」
判断は早い。
四人はすぐに配置を切り替え、
封印の確認に入る。
地面に刻まれた歪み。
微かに残る魔力の流れ。
「封印、安定してる」
「問題なし。ここは終わりだ」
短い報告。
それで十分だった。
戦闘は派手ではない。
叫び声も、無駄な動きもない。
だが、一切の無駄がない。
レイスは剣を下ろし、
周囲を見渡す。
仲間たちの動きは、
いつも通り正確だった。
彼は先頭に立つ。
前で受け、
前で斬り、
仲間が安全に動ける場を作る。
それが、彼に任された役割であり、
彼自身も、そこに疑問はなかった。
「戻るぞ」
部隊長の声に、
四人は無言でうなずく。
森に、ゆっくりと音が戻っていった。
任務は、いつもこうだ。
始まれば終わり、
終われば次へ向かう。
余韻を引きずることは許されない。
前に立ち、
斬り、
守る。
それだけを考えていればいい。
――そう思っていた、はずだった。
だが最近、
戦いが終わったあと、
ふと、別の顔が脳裏に浮かぶことがある。
にている、と思ったのは、
この宿で彼女の姿をよく見るようになったときからだ。
笑った顔。
ふとしたときの表情。
仕草や、癖。
そのどれもが、美桜に重なる。
ミユの容姿は美桜とはまったく違う。
この国では見慣れた、平凡な容姿だ。
美桜の姿とは、似ても似つかない。
それでも、彼女は常々、
「今の姿は、本来の自分の姿ではない」と言っていた。
もし、それが本当なら。
彼女が、美桜である可能性は高い。
いや――
もうレイスには、
彼女のことを美桜としか思えなくなっていた。
思いを伝えたとき、
彼女は顔を真っ赤にしながら、
それでも、つらそうな表情を浮かべていた。
「偽りの自分では、気持ちに応えられない」
そう言って、
こんなオレに謝った。
オレは、自分の容姿を知っている。
この国の基準では、
好意を向けられるような見た目ではない。
だからこそ、
誰かがオレに好意を持つなど、
あるはずがないと思っていた。
それだけに、
彼女がオレに向けてくれた感情は、
信じられないほど、嬉しかった。
彼女が、ただ笑ってくれれば、それでよかった。
それが、たとえオレの傍でなくても。
騎士としてしか生きる意味を見出せなかったオレにとって、
守りたい女性ができたことは、
十分すぎるほどの幸せだった。
彼女がいなくなってからは、
失った存在の大きさに押し潰されそうになり、
ただ、無心に仕事をこなしていた。
西の森の任務も、
もうそろそろ終わりを迎えようとしている。
それまでに、
どうこの話を彼女に切り出すべきか。
最近は、
そんなことばかりを考えている。
鳥の声も、風の音も、どこか遠い。
魔物が潜む場所特有の、張りつめた沈黙が広がっている。
「――来るな」
低く抑えた声が前方から飛んだ。
この部隊の隊長だ。
次の瞬間、木々の陰が揺れ、
濁った気配が一斉に広がる。
「右、二体。距離近い」
後方の仲間が即座に報告する。
「左も動いた。三、いや四だ」
短いやり取り。
それだけで、全員が状況を把握した。
「陣形そのまま。
レイス、前を切れ」
迷いのない指示。
レイスは答えず、
剣に手をかけたまま、一歩前に出る。
最初に踏み込み、
敵の意識を引きつける。
それが、彼に任された役割だった。
最初の魔物が飛び出した瞬間、
レイスは地を蹴った。
剣が閃き、
鈍い衝撃が腕に返る。
硬い外皮。
だが、止まらない。
斬撃で体勢を崩し、
すれ違いざまに刃を滑り込ませる。
魔物が吠えた、その直後――
「今だ」
部隊長の声と同時に、
背後から魔力の衝撃が叩き込まれた。
動きを封じられた魔物の首元へ、
別の仲間が迷いなく踏み込む。
一撃。
確実な急所。
倒れる音が地に響く前に、
次の影が動いた。
「来るぞ、間合い注意」
レイスは振り返らない。
視界の端で、仲間の位置を捉える。
前で受け、
前で切り、
背後に隙を作らない。
二体目が襲いかかる。
横薙ぎの爪を、剣で弾き、
そのまま踏み込んで間合いを潰す。
だが、深追いはしない。
「下がれ」
部隊長の短い制止。
レイスは即座に一歩引く。
空いた位置に、
仲間の斬撃が走る。
魔物が地に伏し、
残る気配が一つ、奥へと退いた。
「追うな。封印優先だ」
判断は早い。
四人はすぐに配置を切り替え、
封印の確認に入る。
地面に刻まれた歪み。
微かに残る魔力の流れ。
「封印、安定してる」
「問題なし。ここは終わりだ」
短い報告。
それで十分だった。
戦闘は派手ではない。
叫び声も、無駄な動きもない。
だが、一切の無駄がない。
レイスは剣を下ろし、
周囲を見渡す。
仲間たちの動きは、
いつも通り正確だった。
彼は先頭に立つ。
前で受け、
前で斬り、
仲間が安全に動ける場を作る。
それが、彼に任された役割であり、
彼自身も、そこに疑問はなかった。
「戻るぞ」
部隊長の声に、
四人は無言でうなずく。
森に、ゆっくりと音が戻っていった。
任務は、いつもこうだ。
始まれば終わり、
終われば次へ向かう。
余韻を引きずることは許されない。
前に立ち、
斬り、
守る。
それだけを考えていればいい。
――そう思っていた、はずだった。
だが最近、
戦いが終わったあと、
ふと、別の顔が脳裏に浮かぶことがある。
にている、と思ったのは、
この宿で彼女の姿をよく見るようになったときからだ。
笑った顔。
ふとしたときの表情。
仕草や、癖。
そのどれもが、美桜に重なる。
ミユの容姿は美桜とはまったく違う。
この国では見慣れた、平凡な容姿だ。
美桜の姿とは、似ても似つかない。
それでも、彼女は常々、
「今の姿は、本来の自分の姿ではない」と言っていた。
もし、それが本当なら。
彼女が、美桜である可能性は高い。
いや――
もうレイスには、
彼女のことを美桜としか思えなくなっていた。
思いを伝えたとき、
彼女は顔を真っ赤にしながら、
それでも、つらそうな表情を浮かべていた。
「偽りの自分では、気持ちに応えられない」
そう言って、
こんなオレに謝った。
オレは、自分の容姿を知っている。
この国の基準では、
好意を向けられるような見た目ではない。
だからこそ、
誰かがオレに好意を持つなど、
あるはずがないと思っていた。
それだけに、
彼女がオレに向けてくれた感情は、
信じられないほど、嬉しかった。
彼女が、ただ笑ってくれれば、それでよかった。
それが、たとえオレの傍でなくても。
騎士としてしか生きる意味を見出せなかったオレにとって、
守りたい女性ができたことは、
十分すぎるほどの幸せだった。
彼女がいなくなってからは、
失った存在の大きさに押し潰されそうになり、
ただ、無心に仕事をこなしていた。
西の森の任務も、
もうそろそろ終わりを迎えようとしている。
それまでに、
どうこの話を彼女に切り出すべきか。
最近は、
そんなことばかりを考えている。
