隣で受話器を置いた彼から、地を這うような唸り声が響いて、飛びかけた意識が戻ってくる。
「その、お疲れ様です?」
「本当になあ」
会話の内容、それから机の書類を片付け始めた様子からして、今から取引先に向かうようだ。
「お前も行くか? ついでに家まで送ってやる」
「いえ遠慮します。完全に遠回りですし。私、怒られ慣れていないので」
「まるで俺が慣れてるような言い方だな」
「禿げたくないですし」
「俺が禿げてるって言いたいのかこら」
「いえいえそんな、滅相もない」
誰もいない部署内で冗談が飛び交う。
小さく笑い合ってから、「一杯だけ淹れてくれないか?」と言う彼に、さっきのポーズはそういうことだったのかと慌てて給湯室へと向かった。
「やっぱりアレ置きましょうよ」
「アレ?」
「ほら。CMでもやってるじゃないですか。オフィスに一台コーヒーメーカー」
「ああアレな」
コーヒーを受け取りながら、彼は手元の資料に視線を落とした。
「俺はいいよ」
「飲みたい時にすぐコーヒーが飲めますよ?」
「青崎が淹れてくれるコーヒーが好きだから」
チョロい乙女心が大きな音を立てる。慌てて何度も、ただのインスタントだからと言い聞かせた。



