コートをありがとうと返そうとすると、「たく、家で風邪なんか引くんじゃねえぞ」と、少しだけ呆れた様子で彼は手を洗い始めた。
「部屋ん中投げといて」
「……入っていいの?」
「別に? 減るもんじゃないし」
「……どこに置いておいたらいい?」
「別にどこでもいいけど。じゃあ椅子にでも掛けといて」と言うので、わかったと一つ頷いて彼の部屋の扉を開ける。
「……ん?」
近くに落ちていた紙が、扉を開けた風で宙を舞う。その風が、絵の具の匂いを運んでくる。
「……え?」
思わず目をこすった。眼鏡をかけていないことを確認したくて。
だから、今自分の目に映っているものが、俄かには信じられなかった。物や人、風景などが描かれた絵が、弟の部屋中に敷き詰められていたから。
「よよよよよいくん……!」
「人の名前おもしろおかしくしてんじゃねえ」
「だだだだだってええ……!」
「ああわかったわかった。取り敢えず聞くけど」
――お前それ、ちゃんと見えてんのか。



