そう言って移動した先は、私が開けようとした扉の向こう――つまり、今まさに一石が出てきた階段である。
「あんまり使ってる奴見かけないから、まあ大丈夫だろ」
そして着ていたジャケットを置いてそこに座るよう促してくる彼に、流石にそこまでしてもらわなくても大丈夫だと必死に訴えたが、「引き留めたのは俺だから」と。ほぼ強制的にその上に座らされた。まるでどこぞのお嬢様のような扱いに気恥ずかしい。
「それで? 何を悩んでる」
「ランチ後なので、少々眠たいだけですよ」
「そうじゃないんだろう?」
「……黒瀬ちゃんから、今年度いっぱいで退職するって聞いて」
思いかけず、突然やってきた別れへのカウントダウン。口に出した途端、寂しさが押し寄せてくる。
「お前ら仲がよかったもんな」
「本人が決めたことですし、次の場所で頑張って欲しいって。応援したいのも本当なんです」
わかってるよ。大丈夫。
まるで、そう言ってくれているかのように、俯いた頭を大きな手が撫でてくれていた。
「気持ちの問題だから、俺がどうこう言ってあげることはできないけど。それは多分、時間が解決してくれるはずだよ。青崎はただ、残りの時間を悔いのないように過ごしたらいい」
「悔い、なんて……」
絶対、残るに決まっている。残らないわけがない。



