新年度前に早速本領発揮する大厄に苦笑を浮かべながら、一度スマホにメッセージを残す。明日出勤してすぐ仕事に取り掛かれるよう準備だけして大きく背伸びをすると、腕に何かが当たった。
慌てて振り返ると「遅くまでお疲れさん?」と、今までそこにはいなかったはずの人が立っていた。完全にホラーだ。
「い、一石、さん?」
「なんで疑問系なんだよ」
「幽霊かと思って」
「人を勝手に殺すな」
「じゃあ残像?」
「本体だ」
文芸部編集長――龍ノ平 一石 。
第一印象は、とても大らかな人。コミュニケーション能力が高く、誰にでも明るくやさしい。そのおかげで、人見知りの私もすぐに打ち解けられた。
喜怒哀楽がはっきりしていて、怒る時は怒るし、褒める時は存分に褒めてくれる。心底疲れた時は、よくデスクでへたり込んでいたりしていて、人間味がある人。
それが『龍ノ平 一石』編集長であり、私の直属の上司でもあった。
そんな彼は、どうやら先程まで仮眠室で寝ていたらしい。ネクタイを外したままの状態で、盛大に大きな欠伸をしながら「悪いが一杯もらえるか?」と机に突っ伏す様子に、昼間の同期の姿がぴったりと重なる。
それに小さく苦笑いを浮かべながら、私は給湯室へと向かった。



