「まあ、それはさておいて」と、仕切り直した黒瀬は、今日は掛ける必要がない眼鏡をわざわざ鞄から取り出して掛けながら、どこか楽しそうに微笑んだ。
「青崎ちゃんの恋バナ聞いたことないから楽しみ。一言一句聞き漏らさず、表情の変化も見逃さないようにしなくっちゃ」
「おばさんの恋愛話聞いても楽しくないと思うんだけど」
「お! ということは、恋愛経験が全くないわけじゃないんだね!」
「黒瀬ちゃんが思ってるようなことは、残念ながら全くないよ」
恋愛関係で話せることがあるとすれば、初恋はさっさと済ませたこと。ころころと好きな人が変わるくらいには気が多いこと。男性経験なんか全くないし、異性と手を繋いだのだって父親と幼い弟以来ない。いつの話だって感じだけど。
「青崎ちゃん、モテそうなのに意外だね」
「そんな馬鹿な。高校まではぷくぷく太ってた方だし」
他にあるとすれば、その頃友人から聞いた、恋愛に対しての価値観くらいだ。
「因みに、最後に恋してたのはいつなの?」
「え? ……さあ」
「さあ?! 言うに事欠いてさあ?!」
「だ、だって。それが本当に恋愛だったのかどうかすら、もうわかんないもん」



