けれど彼は「何でもねえよ。ちょっと口が滑っただけ」と、少しだけ申し訳なさそうに笑うだけ。
「ま、そういうことなら心配なさそうだな。悩んで損した」
「野田さんでも悩み事があるんですか?」
素直に零れてきた言葉に、「言うようになったじゃねえの」と彼は、何故か心底嬉しそうに笑った。
「俺にだって、ちっぽけな悩みの一つや二つあるさ」
「たとえば?」
「そうだな。たまには家に帰ってあったかい手料理が食いてえなとか」
「またカップラーメンばかり食べてるんですか」
「最近はデリバリーをよく利用している。便利な世の中になったもんだ」
「脂質の高いものばかり摂ったらダメですよ」
確かにちっぽけな悩みかもしれないが、放っておくと大変なことになりそうなので、一度何か温かい家庭料理でも差し入れに行こう。
「この世界はな、クソ真面目が損するようにできてんだ」
その唐突な出出しは酷く真剣みを帯びていて、思わず隣の彼を見上げる。酒のせいか、少しだけ切なそうに見えた瞳が、こちらをじっと見つめていた。
「そういう奴に、気付いてやらないといけない。それが、俺たちの責任だ。そうして気付いてもらえなかった奴を、俺は何度も見過ごしてきた」
「あの……」
「だから、もういいんじゃないかと思うんだよ。そこまでクソ真面目にならなくても。無理に頑張らなくてもいい。たまにはだらけたり、甘えたりしていいってさ」
「酔ってる、んですよね……?」
そう聞いても彼は、しばらくの間じっと私の瞳を覗いていた。それを通して、別の誰かを見ているかのように。



