「長部龍生なんて人間さいねえ」
「え。なら、どうして……」
「あんたらとおんなじ男がおったんや。うそうその喪服着たなぁ」
(今、喪服って……)
その男性は、私たちと同じく『長部龍生』という人間に、会いに来たのだそう。
そして、そんな人物はいないと言うと、男性は笑ったそうだ。よかったと、酷く安心したように。
「ご夫人。その彼が来たのは、いつ頃でしたか」
「十五年前や」
身に覚えがありすぎる数字に、ぞくりと身の毛がよだつ。
それは、古葉龍青がこの世から消えた年と、全く同じだった。
「ようわからん男やった。突然来たかと思ったら、突然消えておらんなって。一瞬の出来事や」
「それでもご夫人は、はっきりと覚えておられるんですね」
「忘れとうても忘れられん。こんなけったいなもん残されたらなぁ」
そう言って、彼女は部屋一面に描かれた風景を、目を細めてじっと眺めていた。
「ようわからん。見飽きた町の風景に、どうして懐かしい思うんか」
どうして、泣きたくなるんかなあ。
――――――…………
――――……
「伊代クンも疲れただろう。ゆっくり休んでなさい。朝には着くからね」
「はい。……すみません先生」
「ハネムーンの帰りにそんな顔は無し。ほら、花婿に誓いのキスは?」
「先生」
降りしきる雨の中、「ごめんごめん」と笑顔で車を走らせる少し前、了安が仮眠を取っている間に私は、彼女からあの地に伝わる伝承を聞いていた。



