でも、もしかしたら覚えていないだけで、何かしらの夢は見ていたのかも知れない。起きた時、酷い頭痛には悩まされたから。
「何もなかったならよかった。でも少し休めた方がいいね」
「先生に運転してもらっておいてそういうわけには」
「寝ててもちゃんと起こしてあげるから、休める時にしっかり休んでおきなさい」
「でも……」
「気にしないの」と、信号で止まったと同時、目元を温かい手の平が覆う。言い方と相俟って、これ以上の抵抗はやめておくことにした。
「明けの明星が、伊代クンの夢をお守りくださいますように」
白旗を上げた私に、まるでちいさな子供におまじないをかけるかのような声色で、彼はそっと囁いた。
ふわっと甘い香りがしたあと、ほんのりと温かい気配をこめかみに残して、静かに車が動いていく。
走行音だけが響く車の中。囁き声だけが、未だ耳の中に残っている。
(……本当に、よく眠れる気がする)
そのやさしい時間が、少しだけ名残惜しかった。



