バリトンの声が、やさしく響いて纏わり付いてくる。彼は、手元の作業をやめてこちらを見つめていた。
視線から言いたいことがひしひしと伝わってくるが、だからか余計その視線を合わすことなどできなかった。
「伊代クン」
ただでさえ甘い砂糖菓子にはちみつやメイプルシロップをかけたような。いつもよりも何倍も甘えた声音に、体が上手く動かない。
「お、お茶淹れますね」
「伊代クン待って」
何とか逃げようとするけれど、それよりも先にやさしく手を絡め取られた。少しだけ強引で、でも気遣いも取れる手の強さに、振り払うことは躊躇われた。
「伊代クン怒った?」
「お、怒ったわけでは」
「じゃあ少しだけでいいからこっち向いて」
「それは……」
「いいから、こっちを向きなさい」
「ひ、必要性を感じません」
「じゃあ無理矢理向かすしかないね」
そして彼は言葉通り強く腕を引いた。
いつも家中の物という物に埋もれていて、自分で脱出できないくせに。細身な彼の、どこにこんな力があったのか。やっぱり自分で動くのが面倒くさかっただけなんじゃないか。
そんなことを頭の片隅で思いながら顔を上げてすぐ、息を呑んだ。白磁のような肌に端麗な顔立ち。今まで見たこともない真摯な双眸が、真っ直ぐに私を射貫いていたから。



