私の言葉に、一石はただ深くため息を落とした。『そんなことを聞くためにこんな時間まで残っていたのか』と。窓ガラスに映るのは、酷く呆れた様子だけ。
『さっさと片付けて帰りなさい』
『一石さん』
『今日は送ってやれないから、気をつけて帰れよ』
『一石さん話を』
『いつかはしてやる。だから、今は帰れ。編集長命令』
振り返っても、何度名前を呼んでも、結局最後まで目すら合わなかった。
『……っ、わかりました』
鞄を引ったくるようにして飛び出した後、社員証を部署に忘れて困っていたところに、ちょうど同じく残業をしていたという彼らに出会した。
二人のことだから、部署に戻ろうとしない私を見てきっと何かを察したのだろう。何も聞かないまま、そのまま飲みに連れ出してくれたのだ。
「青崎ちゃん、今日楽しかった?」
「え? ……うん。とっても」
「あたしも、今日すごく楽しかった。だから、あたしもありがとう」
「黒瀬ちゃん……」
「ま、この後の介抱がなけりゃもっといいんだけどな」
「久賀野くん……」
きっと、彼らは気付いているのだろう。気付いていて、それでもそれにわざと気付かない振りをしてくれているのだ。私が一線を越えないことを。越えさせないことを――――。
「……本当に、ありがとう」
いつか二人には、本当のことが話せるようになると、いいな。



