サヨナラは、向日葵の香りがした。


※番外編です🌻
物語は終わりましたが、気持ちはまだ終われなくて。
書かずにはいられなかった、その先の時間です。
そっと読んでもらえたら嬉しいです。



ハルが消えてから、一年が経った。

部屋の窓辺には、あの日、丘に落ちていた向日葵の種から育てた大輪の花が、一輪だけ咲いている。ハルの体と同じように透き通っていたあの夏の記憶は、今でも色鮮やかなまま、私の心の中に居座っている。

「……よし、行こう」

私は、一年前に着たものとは違う、少し大人びたデザインの白いワンピースを手に取った。あの日、ハルは言った。

『俺の分まで、幸せになって』

その約束を守るために、私はこの1年、必死に前を向いてきた。バスを乗り継ぎ、向かったのはあの丘。

視界が開けた瞬間、黄金色の波が目に飛び込んでくる。何万本もの向日葵が、太陽に向かって真っ直ぐに背筋を伸ばしていた。
 
丘の頂上。ハルが消えたその場所に立つと、一瞬だけ、夏の熱気に交じって、彼がつけていたシーブリーズの香りがした気がした。

「ハル。見て、私、笑えてるよ」

私は独り言を呟いた。もう、返事はない。隣の影も一つだけ。けれど、ポケットの中のスマートフォンを覗けば、ハルと一緒に埋めた『未練リスト』の画像が保存されている。

 最後の一行。【笑顔でサヨナラを言う】

あの日、涙でぐちゃぐちゃになりながら果たしたその約束は、今では私の「お守り」になっていた。

「ハルのおかげで、高校に合格したよ。教えてくれた数学、本番で出たんだから。……本当に、なんでもできちゃうんだね。ハルは」

空を見上げると、一年前と同じように真っ白な飛行機雲が一本、青を切り裂いていた。不意に、強い風が吹き抜ける。

向日葵たちがざわざわと音を立てて揺れ、私の頬を、誰かの手のひらのような温かさがそっと撫でた。
気のせいかもしれない。でも、それでもいい。

「いってきます。……ハル。私のこれからの毎日は、全部、あなたへの贈り物だよ」

私はもう、うつむかない。向日葵のように、しっかりと顔を上げて。彼が愛してくれたこの世界を、私は一歩ずつ、踏みしめて歩いていく。
 
サヨナラは、終わりじゃない。
もう一度、笑って会える日までの、長い長い約束だ。

(番外編・完)