想いはいつか、本物になる。〜契約結婚脱出までの私たちの365日〜

 一礼して頭を上げると、青柳さんがいつかのように目を見開いていた。なにか変なこと言っただろうか。身構える私に、青柳さんが口を開く。

「……きみは、たとえ自分が面倒な目に遭っていても、人に感謝ができるんだな」
「普通じゃないですか?」
「いや、誰もがそうってわけじゃないよ。文句しか言わないやつもいる」

 青柳さんは、ふっと息を吐くと力の抜けた笑みを見せて、じっと私の顔を見ている。

「青柳さん?」
「さっきの話だけど、俺は撤回するつもりないから」
「えっ?」

 何考えてるの、この人。

「自分でもなんでこんなこと言ったのかわからないって言ったじゃないですか」
「言ったかな」
「言いましたよ!」

 記憶喪失にでもなったの?

「いい考えだと思わないか」
「いい考え? どこがです?」

 つき合うどころか、話をするようになってまだ間もない、ほぼ知り合いレベル同士で婚約することが?

 青柳さんの考えてることがますますわからない。

 話の続きを待っていると、廊下の向こうから話し声がした。このまま誰かと顔を合わせるのは非常にまずい。

「三崎さん、とにかくこの後話しをしよう。着替えて車を取ってくる。連絡するから、君もすぐ出られるようにしておいてくれ」
「……わかりました」
「じゃ、またのちほど」

 そう言って廊下の先へ進む青柳さんを見送って、私も人目につかないように縮こまりながら更衣室へ向かった。