最初の味見は、いつも君に

 地図アプリの青い点が、住宅街の細い道を行ったり来たりするたびに、私の鼓動も同じだけ揺れた。
 駅前の賑やかさを抜けた瞬間から、世界は急に生活の輪郭を帯びる。低い塀、手入れされた鉢植え、干された洗濯物の影。風は土と木の匂いを運んで、どこかの家の昼ごはんの湯気が、遠くでほどけている。

 ――本当に、こっちで合ってるのかな。

 自分で決めたはずなのに、決めた直後の自分ほど頼りない。
 けれど今日は、それでいい。迷いながら歩くのも"自分で選ぶ"練習の一部だと、胸の奥で言い聞かせる。

 角を曲がったところに、その店はあった。

 古い木の看板。褪せた文字。ガラス窓の内側に白いレースのカーテン。
 目立たないはずなのに、そこだけ時間の流れがゆるやかで、空気が静かに呼吸をしているように見えた。

 扉の横の小さな黒板には、チョークで「本日のケーキ」。
 並ぶ名前は控えめで、派手な飾り気がない。タルト、プリン、シフォン。
 なのに妙に、喉の奥がきゅっと鳴る。丁寧な甘さが、もう想像できてしまうからだ。

 木の取っ手に触れると、思ったより温かかった。
 握った瞬間、肩の力が少しほどける。

 カラン、と鈴が鳴った。

 店内は外の光より一段やわらかい。黄色い照明、古い木のテーブル、壁には色褪せた写真と小さな時計。
 空気の芯にコーヒーの苦みがいて、その上に焼き菓子の甘い匂いがふわりと重なる。甘さも、押しつけがましくない。胸の奥の固いところを、ゆっくりほどく匂い。

「いらっしゃい」

 カウンターの奥から、白髪のおじいさんが顔を上げた。目尻の皺が深く、笑うとそこがさらにやわらかくなる。

「お一人かい?」
「はい。……初めてで」
「初めては、ちょっと緊張するねえ」

 "緊張していい"と言われた気がして、私は小さく息を吐いた。

「好きな席にどうぞ。窓際、気持ちいいよ」
「ありがとうございます」

 窓際の二人席。椅子の木が小さくきしんで、妙に落ち着く音がした。
 レース越しの光がテーブルに影を落とし、植木の葉がゆらゆら揺れている。時計の針の音が聞こえる気がするほど、静かだった。

 マスターが水とメニュー表を置く。

「ゆっくり見てね。決まったら声をかけて」
「はい」

 私はメニュー表を開いた。
 手書きの文字が少し丸くて、店の温度に合っている。コーヒー、紅茶、ミルク、ジュース。
 そこに「本日のケーキ」が追記されていて、私は指でなぞりながら、迷いの森に入っていく。

 ――決める練習。今日は、それをしに来た。

 でも、決めるのは難しい。
 どれも良さそうで、どれも外しそうで、外した時の"居心地の悪さ"が先に浮かんでしまう。味の好みを間違えるとか、頼み方を間違えるとか、店の空気を壊すとか。
 そんなの誰も気にしないのに、気にしてしまう。

 ページを行ったり来たりしていると、カウンターの奥から、もうひとつ足音がした。
 軽くて、迷いがなくて、でも少し急いでいる足音。

 ふっと顔を上げた私は、そのまま息を止めた。

 エプロン姿の周防秋穂が、そこにいた。

 白いシャツに濃い色のエプロン。髪はいつもよりきれいにまとめられて、額に少しだけ汗が光っている。
 制服の時よりも、むしろここにいる方が自然に見えた。

 そして――近づくほどに、彼女から甘い匂いがした。

 バターと、焼き目と、ほんの少しのバニラ。
 香水の匂いではない。手を動かしてきた人の匂い。
 体温と混ざって、生きている甘さ。

 図書室で見た秋穂は、光の中にいた。
 でも、今の秋穂は、熱の中にいる。

 私は息を止めたまま、その匂いを胸の奥まで吸い込んでしまった。

 秋穂も私に気づいた。

 視線がぶつかった瞬間、彼女の動きがわずかに止まる。
 目が一度泳ぎ、口元が固くなる。
 "見つかった"という顔。

 そのまま、秋穂はゆっくり私の席へ歩いてきた。

「……結城」
「……周防さん」

 名前を呼ぶ声が、学校より少し低い。店の柔らかい光のせいか、その声までやわらかく聞こえる。
 けれど表情はまだ、硬い。

「……ここ、来たんだ」
「う、うん。えっと……たまたま」

 たまたまじゃない。探して来た。
 でも、その事実を口にすると"あなたに会いに来たみたい"になってしまう気がして、飲み込む。困る理由は自分でも分からない。

 秋穂は追及しなかった。代わりに、エプロンの紐を指先でいじる。
 その動きで、エプロンの胸元に白い粉がふわりと目に入った。焼き菓子の粉だ。本人は気づいていない。

「……ここで、バイトしてる」
「……うん。見た」

 言葉が短くなる。そこだけ空気が冷える。
 校則違反――という単語が頭をよぎる。秋穂の表情が、それを否定しない。

 秋穂が小さく息を吸い、私を見た。警戒の色が混じる。

「……誰にも言わないで」
「言わないよ」
「……簡単に言うね」
「簡単だよ。だって――決めたから」

 言い切った自分に、私が一番驚いた。
 "うん、いいよ"じゃない。逃げ道のない言い方。

 秋穂の眉が、ほんの少しほどけた。
 警戒が一段下りる気配がする。

「……ありがとう」
「ううん。秘密、ね」
「……うん」

 小さな頷き。
 胸の奥が、ふっと温かくなる。

「秋穂ちゃん、注文取ってあげて。初めてのお客さんだよ」

 マスターが、楽しそうに声を投げる。
 秋穂は「……はい」と返して、店員の顔を作ろうとする。けれど、どこかぎこちない。
 そこで私は気づく。秋穂は"人に見られる自分"が少し苦手だ。学校では無表情で距離を取ることで守っているものを、ここではエプロン一枚で守らなきゃいけない。

 秋穂が私のメニュー表の端を見て、声を落とす。

「……決まらない?」
「うん……どれも美味しそうで」

 秋穂は一拍置いて、指先で「本日のケーキ」の行をトンと叩いた。

「……タルト。今日のは、失敗してない」
「失敗してないって……」
「……味が崩れてない、って意味。好き?」
「好き……だと思う。たぶん」

 私が「たぶん」と言った瞬間、秋穂の口角がほんの少しだけ上がった。
 笑いと呼ぶには小さすぎるけど、確かに表情が柔らかい。

「……じゃあ今日、決めればいい」
「……うん。今日、決める」

 私は息を吸って、声にする。

「タルトと……コーヒー、お願いします」
「……了解」

 秋穂がメモを取る。ペン先が紙を擦る音が、静かな店にきれいに響いた。
 そのまま厨房へ戻りかけて、途中で一度だけ足が止まる。

「……結城」
「なに?」
「……本当に、言わない?」
「言わない。約束する」

 私は笑わずに言った。笑ったら軽くなる気がしたから。
 秋穂は一度だけ私の顔を見て、今度こそ厨房へ消えた。

     ◇

 最初に届いたのは、コーヒーの香りだった。
 カップがソーサーに触れる、澄んだ音。黒い液面が微かに揺れ、湯気が鼻先をくすぐる。

「……どうぞ」

 秋穂の手つきは丁寧で無駄がない。図書室でノートを取る時のような、迷いのない動き。

 私は一口飲む。
 苦い。でも嫌じゃない。苦みが輪郭を作ってくれて、頭の中の曖昧さが少しだけ引っ込む。

 そして、タルト。

 白い皿の上に、三角形の小さな世界。艶のあるフルーツ、淡いクリーム、焼き色のついた生地。
 フォークを入れるとサクッと小さな音がした。その音だけで、もうおいしそうだった。

「……それ、今日の」
 秋穂が言う。声が少し硬い。

「今日の?」
「……私が作った」

 その言い方が、ひどく控えめだった。
 誇っていいはずなのに、誇る前に怖がっている。

 私は一口、口に入れた。

 甘い。

 でも、甘さが一度に来るんじゃない。
 最初は生地の香ばしさ。サクサクした音が口の中で鳴る。
 次に、クリームの柔らかさ。舌の上でゆっくりほどける。
 そして、フルーツの酸味が追いかけてくる。

 甘さと酸味が、口の中でバランスを取る。
 どちらも主張しすぎない。でも、どちらも消えない。
 輪郭がある。形がある。

 そして――温度。

 冷たすぎない。常温に近い。
 この温度だから、味が立つんだ。

 口の中で、ひとつの世界になっていく。
 誰かが、丁寧に作った世界。
 誰かに、食べてほしいと思って作った世界。

 秋穂の世界。

 図書室で、遠くから見ていた秋穂の世界が、今、私の口の中にある。

「……おいしい」

 声が勝手に漏れた。
 秋穂が息を止めたのが分かる。空気が一瞬だけ張る。

 私はもう一度、今度は秋穂に向けて言った。

「すごく、おいしい……」

 秋穂の指先がエプロンの端をぎゅっと掴む。
 視線が落ちて、上がって、また落ちる。信じたいのに信じ切れない顔。

「……本当?」
 小さな声。私が今まで聞いたどの声よりも幼い。

「本当」
 私はうなずく。
「今日の私、これ頼んで正解だった。……ありがとう」

 "ありがとう"が、ちゃんと重さを持って出ていった気がした。

 その瞬間、マスターがカウンターから、わざとらしく咳払いをして笑った。

「うちのタルトはねえ、誰かと食べる方がおいしいんだよ」
「……マスター」
 秋穂が少し慌てる。慌てた拍子に、胸元の白い粉がふわっと舞った。

 粉が光の中で、小さな雪みたいに見える。
 空気の中に、また甘い匂いが広がる。
 小麦粉と、砂糖と、秋穂の体温。

 私は指で自分の胸元を軽く叩いて示す。
 秋穂は一瞬きょとんとして、それから自分のエプロンを見下ろし――ようやく気づく。

「……っ」

 耳まで赤くなって、慌てて払う。
 手のひらで払った粉が、また少しだけ舞う。
 その粉が、私のコーヒーの湯気に混ざった気がした。

 払っても少し残って、秋穂はさらに慌てる。
 その仕草が、ずるいくらい可愛い。

 ――触りたい。

 その思いが、急に浮かんで、私は慌てて視線を逸らした。
 触ったら、秋穂の温度が分かってしまう。
 分かったら、もう戻れない気がする。

 マスターは私たちを見比べて、目尻を深くする。

「秋穂ちゃん、ほら。そういうとこだよ」
「……なにがですか」
「見られると慌てるくせに、味は一丁前に仕上げる」

 秋穂が「うるさい」と言いかけて飲み込む。
 その飲み込み方まで、どこか不器用で、私は目を逸らせなくなる。

 マスターは続けた。

「それに、美春ちゃん」
「え……」
「君、"決める練習"しに来た顔してる」

 胸が跳ねた。
 どうして分かるの。私、そんな顔をしてた?

 マスターは笑うだけで、答えはくれない。
 見抜いたというより、"見えてしまう"みたいな目をしている。
 人の言葉にならない部分を、そっと置いておける人の目。

「……練習、です」
 私は観念して言った。

 秋穂が、驚いたように私を見る。
 私はタルトの皿を少しだけ寄せて、正直に続けた。

「昨日……クラスで連休の予定の話が出て。私、予定ないって言えなくて」
「……うん」
「笑って誤魔化して。自分でも、何してるんだろって思って。だから今日は、自分で行き先を決めたかった」

 秋穂は黙って聞いていた。
 黙り方が冷たいんじゃなくて、言葉を正確に受け取ろうとする黙り方。

「……怖くなかった?」
 秋穂がぽつりと聞く。

「怖かった」
 私はすぐ答える。
「でも、怖いままでも来ていい気がした。ここ、……安心する」

 秋穂の口元が、またほんの少しだけ緩む。

「……この店、逃げても怒らない」
「うん」
「マスターが、そういう人だから」

 マスターは聞こえているのに、何も言わないふりをしてカウンターを拭いている。
 だけど、拭き方がどこか機嫌がいい。

     ◇

 店内が、私たちとマスターだけになった頃。
 外の光が傾き、レースの影がテーブルの上で長くなった。

 秋穂が、エプロンのポケットから小さなノートを取り出した。
 端が少し丸まって、何度も開かれた跡がある。
 ページの間には細い付箋が何枚も挟まっていて、文字の密度が高い。

「それ、レシピ?」
 私が聞くと、秋穂は一瞬だけ迷ってから、ノートを少しだけこちらに向けた。

「……自分用。配合とか、焼き時間とか……あと、反省」
「反省……」
「今日のタルトも、焼き目の温度があと三度低かったら、もう少し香りが立った」

 三度。
 その単位が、彼女の世界の細かさを見せる。

「すごい……」
 私が息を漏らすと、秋穂は肩をすくめた。

「好きなだけ」
「好きなだけで、そこまでできる?」
「……できる。好きだから、続けたい」

 その言葉が、急に真剣な重さを帯びた。
 秋穂は視線を落とし、ノートの端を指でなぞる。

「……結城」
「うん」
「さっき、秘密って言った」
「言った」
「……秘密、増えるけど」

 秘密。増える。
 それでもいい。と、私の中の何かが先に頷いた。

「うん。増えてもいい」

 秋穂は小さく息を吸って、それから、少しだけ言葉を遅らせるように話し始めた。

「……私、将来、菓子職人になりたい」
「……!」
「専門学校に行きたい。でも、親は……大学がいいって」
 秋穂の声は淡々としているのに、奥に硬い痛みがある。
「だから、ここで働いてる。今すぐ全部は言えないけど……自分で選べるように、貯めてる」

 "全部は言えない"。
 そこで止めたのは、私を信用してないからじゃない。
 まだ自分でも、言葉にし切れないからだ。そういう慎重さが、秋穂らしかった。

 私は、胸の奥で静かに頷きながら言った。

「……応援する」
 秋穂が顔を上げる。驚いた目。

「周防さんの夢。……私、そういうの、すごいって思う。自分で選ぶって、怖いのに」
「……怖いよ」
 秋穂の声が、少しだけ揺れた。
「怖い。でも、やめたくない」

 その揺れに、私は惹かれた。
 完璧だからじゃない。弱さを隠し切れていないのに、逃げないところに。

「……ありがとう」
 秋穂が言った。
 そして――今度は、ちゃんと笑った。目尻が柔らかくなる、小さな笑顔。
 無表情の人じゃない。笑える人だ。笑い方を忘れていただけの人だ。

 私は一瞬迷ってから、鞄から一冊の本を取り出した。
 『フランス菓子の歴史』

 秋穂の目が、わずかに見開かれる。

「これ……」
 私はテーブルの上に置く。
「こないだ、図書館で借りた。……周防さんが読んでた本、PATISSERIE(パティスリー)って書いてあって」

 秋穂が息を呑む。
 私は続けた。

「私、お菓子作りとか全然分からないのに、なんとなく借りて。で、読んだら――」

 ページを開く。
 付箋を貼った箇所。

「『菓子職人は、味を記憶する。一度作った菓子の温度、湿度、焼き色、すべてを体に刻む。それは、誰かの幸せを再現するための、職人の儀式である』」

 読み上げた瞬間、秋穂の表情が変わった。
 固かった目が、少しだけ潤む。

「……儀式」

 秋穂は本を手に取る。
 ページをめくる。私が付箋を貼った箇所を、ゆっくり読む。

「……この本、知ってる」
 秋穂が言った。
「中学の時、図書館で借りた。でも、難しくて途中でやめた」

「……私も、全部は読めてない」
 私は笑う。
「でも、周防さんが何を考えてるのか、少しだけ分かった気がした」

 秋穂が本を閉じて、私を見る。
 今までで一番、近い目。

「……結城は、変な人」
「変じゃないよ」
「変。……でも」

 秋穂が小さく息を吸う。

「……嬉しい」

 その言葉が、ちゃんと届いた。
 私の胸の奥まで、まっすぐ。

 マスターが、拭き終えた布巾を置いて、こちらに目を向ける。

「秋穂ちゃん」
「……なに」
「その子に味見させたの、初めてだろ」

 秋穂が、びくっとする。
 図星だ。

「……マスター、ほんと余計なこと言う」
「余計なこと言いたくなるくらい、分かりやすいんだよ。今日の君たち」

 マスターは笑って、でも視線はやさしい。

「味ってのはねえ、誰かに渡すと覚悟になる。君が"味見"を頼むって、そういうことだ」

 秋穂は一度だけ唇を噛んで、それから、私を見た。
 さっきよりずっと近い目。

「……さっきのおいしい、軽く言ってない?」
「言ってない」
 私は首を振る。
「だって、ほんとにおいしかった。……私、初めて"ちゃんと"おいしいって思った」

 秋穂の目が、少しだけ潤むように見えた。
 けれど泣かない。代わりに、小さく笑って誤魔化す。

「……変な人」
「変じゃないよ」
「変。……でも、いい」

 "いい"が、秋穂の口から出ると、味がする。
 私の「うん、いいよ」と違って、逃げ道のない肯定。

 マスターが、また布巾を手に取りながら、独り言みたいに言った。

「秋穂ちゃんがね、味見を人に頼むなんて、この一年間で初めてだよ」

 私と秋穂の視線が、一瞬だけ交差する。
 秋穂が先に逸らす。耳が、また赤い。

「……マスター、ほんとうるさい」
「うるさくしないと、君たち黙ったままだろ」

 マスターは笑って、カウンターの奥へ引っ込んだ。

 残された空気が、少しだけ甘い。
 コーヒーの苦みと、タルトの甘さと、秋穂の体温が混ざった匂い。

 私はその匂いを、また胸の奥まで吸い込んだ。
 記憶したいと思った。
 この瞬間を、忘れたくないと思った。

 ――菓子職人は、味を記憶する。

 本で読んだ言葉が、頭に浮かぶ。

 私は、菓子職人じゃない。
 でも、今日の味は、きっと忘れない。
 秋穂が作った、最初の味。

 私は胸の奥で、静かに決めた。
 ここに、また来る。
 次はもっと自然に、迷ってもいいと言える自分で。

     ◇

 帰り道、空は橙色に寄っていた。
 住宅街の影が長く伸び、昼の匂いが少しずつ夜に混ざっていく。

 私は歩きながら何度も、喫茶店の光を思い出す。
 黄色い照明。コーヒーの湯気。タルトの甘さ。
 そして、秋穂の胸元に残っていた白い粉と、照れた顔。

 ――これが、自分で決めた場所。

 胸の奥が温かい。熱すぎない、息のしやすい温度。
 合わせなくても、崩れない場所の温度。

 それから、もうひとつ。

 ――秘密。

「言わない」と決めた秘密。
「応援する」と言った秘密。
 そして、"最初の味見"を渡された秘密。

 重いはずなのに、今日は不思議と、守りたい重さだった。

 玄関の前でスマホを開き、喫茶店の名前をもう一度検索する。レビューの少ないページが表示される。
 私はそこで、小さく頷いた。

 ――また、行く。

 それから私は、よく喫茶店に通うようになった。