「ただいまー」
家に着くと、玄関を開けた瞬間に、ほっと息が抜けた。
一日分の緊張が、ようやく体から離れていく。
リビングでは、お母さんと夏花が並んで座っていた。
テレビはついているけれど、音量は小さくて、部屋には夕方の光が差し込んでいる。
「おかえり、愛梨」
「おかえりー! 入学式どうだった?」
二人の声に迎えられて、私は鞄を置いた。
「ただいま。……うん、無事終わったよ」
ソファに腰を下ろすと、お母さんが紅茶を差し出してくれる。
湯気を眺めながら、今日のことを思い返した。
「学校、綺麗だったでしょ?」
「うん。階段きつかったけど……景色はすごかった」
夏花が嬉しそうに頷く。
「で? クラスは?」
「一組」
「友達、できそう?」
その質問に、少しだけ考えてから答えた。
「……女の子と話したよ。茉梨明日香ちゃんっていう子」
その名前を口にした瞬間、夏花がぴくっと反応した。
「明日香ちゃん?」
「うん。廊下でぶつかって。なんか……私のこと、知ってるみたいな反応で」
お母さんが、静かにカップを置く音がした。
「それで?」
「私のこと知ってるのか聞いたら、少し困った顔して……でも、それ以上は何も言わなかった」
「ふうん……」
夏花は少し目を泳がせながら言葉を紡ぐ。
「中学で会った人、とか…?」
「たぶん、そう。でも……思い出せなかった」
言葉にすると、胸の奥が少し痛む。
「あとね」
話題を変えるように、私は続けた。
「隣の席の男の子が、話しかけてくれた」
「男の子?」
夏花が身を乗り出す。
「どんな人?」
「えっと……」
頭に浮かぶのは、茶髪のくせっ毛。
制服の裾の砂埃。
落ち着きのない仕草。
「犬みたいな人」
「犬?」
「うん。大きな目で、じっとしてなくて。初対面なのに、なんか憎めない感じ」
夏花が吹き出した。
「なにそれ、絶対かわいいじゃん」
「かわいい、は違う気がするけど……」
そう言いながらも、思い出すと少しだけ口元が緩む。
お母さんは、何も言わずに私の表情を見ていた。
それから、静かに言う。
「新しい場所で、そういう出会いがあったなら、よかったね」
「……うん」
紅茶を一口飲んで、私は視線を落とした。
廊下で目が合った、黒髪の男の子のことが、ふいに頭をよぎる。
整った横顔。
諦めたみたいな目。
目を逸らしたときの、あの動揺。
「どうしたの?」
夏花の声に、はっとする。
「……なんでもない」
本当は、なんでもなくない。
でも、うまく言葉にできなかった。
家に着くと、玄関を開けた瞬間に、ほっと息が抜けた。
一日分の緊張が、ようやく体から離れていく。
リビングでは、お母さんと夏花が並んで座っていた。
テレビはついているけれど、音量は小さくて、部屋には夕方の光が差し込んでいる。
「おかえり、愛梨」
「おかえりー! 入学式どうだった?」
二人の声に迎えられて、私は鞄を置いた。
「ただいま。……うん、無事終わったよ」
ソファに腰を下ろすと、お母さんが紅茶を差し出してくれる。
湯気を眺めながら、今日のことを思い返した。
「学校、綺麗だったでしょ?」
「うん。階段きつかったけど……景色はすごかった」
夏花が嬉しそうに頷く。
「で? クラスは?」
「一組」
「友達、できそう?」
その質問に、少しだけ考えてから答えた。
「……女の子と話したよ。茉梨明日香ちゃんっていう子」
その名前を口にした瞬間、夏花がぴくっと反応した。
「明日香ちゃん?」
「うん。廊下でぶつかって。なんか……私のこと、知ってるみたいな反応で」
お母さんが、静かにカップを置く音がした。
「それで?」
「私のこと知ってるのか聞いたら、少し困った顔して……でも、それ以上は何も言わなかった」
「ふうん……」
夏花は少し目を泳がせながら言葉を紡ぐ。
「中学で会った人、とか…?」
「たぶん、そう。でも……思い出せなかった」
言葉にすると、胸の奥が少し痛む。
「あとね」
話題を変えるように、私は続けた。
「隣の席の男の子が、話しかけてくれた」
「男の子?」
夏花が身を乗り出す。
「どんな人?」
「えっと……」
頭に浮かぶのは、茶髪のくせっ毛。
制服の裾の砂埃。
落ち着きのない仕草。
「犬みたいな人」
「犬?」
「うん。大きな目で、じっとしてなくて。初対面なのに、なんか憎めない感じ」
夏花が吹き出した。
「なにそれ、絶対かわいいじゃん」
「かわいい、は違う気がするけど……」
そう言いながらも、思い出すと少しだけ口元が緩む。
お母さんは、何も言わずに私の表情を見ていた。
それから、静かに言う。
「新しい場所で、そういう出会いがあったなら、よかったね」
「……うん」
紅茶を一口飲んで、私は視線を落とした。
廊下で目が合った、黒髪の男の子のことが、ふいに頭をよぎる。
整った横顔。
諦めたみたいな目。
目を逸らしたときの、あの動揺。
「どうしたの?」
夏花の声に、はっとする。
「……なんでもない」
本当は、なんでもなくない。
でも、うまく言葉にできなかった。
